第25話「将来」

「し、失礼します」


 僕は緊張しながら進路指導室に入る。奥に大西先生が座っていた。なぜこんなところに来たかというと、担任の先生との進路についての話し合いが行われるのだ。一人一人担任の大西先生と話す。数日かけて行われて、僕の番が来たというわけだ。


「おー日車、そこに座ってくれ」


 大西先生とテーブルを挟んで向かい合って座る。テーブルの上にはノートパソコンと何やら紙が置かれていた。たぶん僕の成績や進路希望調査の内容があるのだろう。


「す、すみません失礼します……そういえば進路指導室って初めて入ったかもしれません」

「あはは、そうだよな、普段は用事はないところだな。まぁそんなに緊張しないでくれ」

「あ、は、はい……」


 少し周りを見渡してみると、大学や専門学校などの資料と思われるものがたくさん置いてあった。なるほど、こういうところなのか……。


「さてさて、さっそく話を始めさせてもらうが、日車は一年生の時から素晴らしい成績だな。特に数学がよく出来ている。いつも百点とられるのは教師としてはちょっと悔しいのだが……まぁいいや。そして学級委員や生徒会の仕事もしっかりとこなしているな。それで今後の進路については――」


 大西先生がポチポチとノートパソコンを操作した。


「――進路希望調査にもあったように、大学の理工学部と、教育学部を目指す、ということでいいんだな?」

「あ、はい、そのつもりでいます」

「ふむ、なるほど……ということは、先生になりたいのか?」

「はい、数学が好きだから、数学の先生もいいのではないかと思って」


 そう、大西先生が言った通り、僕は数学の先生になりたいと思っていた。数学が好きだというのもあるが、これまで色々な人に勉強を教えてきたことで、教えることの喜びみたいなものも感じていた。僕が教えることで、みんなが分かったと言ってくれるのが嬉しい。それで先生になりたいと思うようになったのだ。


「そうか、うん、いいんじゃないかな。日車もよく友達に勉強を教えているもんな。みんな成績が上がっているよ」

「はい、それで人に教えることって楽しいことだなって思うようになって」

「たしかにな、俺も似たような理由で数学の先生になったんだ。友達に数学を教えていると楽しくてな」

「あ、そ、そうなんですね、僕もそんな感じです」

「ああ、だから日車もその『楽しい』っていう思いを忘れないようにしてくれ」

「は、はい」

「なぁに、日車なら大丈夫だ。日車の成績ならもっと上の大学も目指せるんだけど、まぁ受ける大学は日車の判断に任せるよ。もう少しゆっくり考えてみてくれ」

「はい、分かりました」

「……それにしても、日車もいい方向に変わったよな。一年生の最初の頃とは表情が全然違う。沢井をはじめ、友達がいることが大きいんじゃないのかな」

「そ、そうですね、自分でもびっくりしてます。中学の時は友達も少なくて暗かったと思うので」


 そうだ、僕は絵菜やみんなと一緒に過ごすことで、ここまで変わることができたのだ。本当にみんなには感謝している。


「まぁ、前にも言ったが、みんなも日車には感謝しているはずだからな。いい友達を持ったな」

「は、はい、みんなには感謝しているというか」

「沢井とも仲良くお付き合いするんだぞ」

「あ、はい、そうですね……って、ええ!? あ、し、知ってたのですか……」

「あはは、気づいてないとでも思ったのか? ずっと前から気づいてるよ。沢井もいい方向に変わったんだ、二人仲良くな。ああ、話がそれてしまった。大学のことで分からないことがあったらいつでも訊いてくれ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 少し大西先生と話してから、僕は進路指導室を後にした。そ、そうか、大西先生も僕と絵菜のこと気づいていたのか……まぁ、一緒にいることも多いし、気づかない方がおかしいか。

 一旦教室に戻ると、ぽつんと一人絵菜がいることに気がついた。


「あれ? 絵菜、帰ってなかったの?」

「あ、団吉、お疲れさま、その、団吉を待ってた……」

「あ、そうなんだね、じゃあ一緒に帰る?」

「うん」


 絵菜が嬉しそうに僕にくっついてきた。こ、ここまだ学校だけど……まぁ、教室には誰もいないし、いいか。

 その後、玄関で靴を履き替えて、僕と絵菜は一緒に帰っていた。


「だ、団吉は、進路はどうするんだ……?」

「ああ、大学の理工学部か教育学部を受けてみようと思っているよ。将来数学の先生になりたくてね」

「そっか、うん、団吉ならいい先生になれそう。あ、教え子に好かれて団吉をとられるのは嫌だな……ブツブツ」

「え、絵菜? なんかブツブツ言ってるけど……あ、絵菜も進路の話し合い終わったよね、どんな話したの?」

「あ、わ、私も色々考えたんだけど、美容系の専門学校に行こうかなって。ネイルアーティストにちょっと興味を持って」

「おお、そうなんだね、うん、いいんじゃないかな。絵菜も以前迷っていたけど、ついに決めたんだね」

「うん、ちょっといいなって思った専門学校が、髪や服装が自由だったから、この金髪もやめなくていいなって思って」

「ああ、なるほど。大学や専門学校だったら今よりもっと自由度は増しそうだよね。まぁ、うちの高校はかなり自由なんだけど」

「うん、で、でも……」


 そう言って絵菜がさらにぎゅっと僕の手を握ってきた。あれ? と思っていると、


「……やっぱり高校を卒業しちゃうと、団吉と離れてしまうんだなって思うと、寂しくて……」


 と、絵菜がぽつりとつぶやいた。


「……そうだね、さすがにずっと一緒というわけにはいかないよね。でも、前にも言ったけど、僕は絵菜が寂しいと思ったらすぐに飛んでいくよ」

「……うん、ありがと」

「それに、絵菜も夢があったでしょ? 絵菜がその夢を叶えるために、僕も頑張るよ」

「そうだった、団吉と一緒に暮らして、毎日くっついて寝るんだった。そのためなら頑張れる……」


 絵菜がそう言って僕の左腕に抱きついてきた。よ、よかった、寂しさがどこかに行ってくれたようだ。ちょっと恥ずかしいけど。

 そうか、絵菜も進路についてよく考えたのだな。僕は自分のことのように嬉しくなった。これからも二人で頑張っていきたい。

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