第17話「仲直り」

 東城さんと梨夏ちゃんが衝突してしまった日の放課後、僕と絵菜は一緒に帰っていた。


「東城、かなり怒ってたな……」


 絵菜がぽつりとつぶやいた。東城さんはあれから「失礼します!」と大きな声を出して二年生の教室の方へ戻って行った。う、うーん、梨夏ちゃんが敬語を使えなかったことが気に入らなかったのか、お、おばさんと言われたことにムカついたのだろうか……。

 たしかに梨夏ちゃんも人を勘違いさせるような言動ではある。悪気があってやっているわけではないと思うけど、同級生はまだしも、先輩に対してとなると東城さんが言いたくなる気持ちも分かる。けっこう難しい問題かもしれない。


「そうだね、東城さんがあんなに怒るところ初めて見た……」

「ああ、いつもは団吉が好きだというオーラしか見えないのに」

「え!? そんなオーラがあるの? まぁ、僕は別に梨夏ちゃんが敬語を使えなくても気にならなかったなぁ。でも、よく考えると東城さんが言っていることも正しいのかも……」

「うん、難しいよな……わ、私も敬語が苦手なところあるから、潮見の気持ちも分かる。でも敬語も使えないと今後困るのは潮見だし……」

「そうだなぁ、うーん難しい……あ、帰ったら東城さんにRINE送ってみようかな」


 一旦考えるのはやめにして、二人で駅前で買い物をした。その後一緒に帰って、途中で絵菜と別れて僕はまっすぐ家に帰った。


(東城さんにRINEを送ってみるか……帰ったかな)


 僕はスマホを取り出し、ポチポチと操作する。


『こんにちは。もう帰ったかな?』


 短すぎるかと思ったが、まぁいいやと思って送る。五分くらい経って東城さんから返事が来た。


『こんにちは。はい、帰ってます……』


 いつもの元気な東城さんとはちょっと違うなと思った。僕はそのままRINEを続ける。


『その、東城さんも思うところあるかもしれないけど……あ、今から絵菜も入れてちょっと通話できないかな?』

『あ、はい、大丈夫です……』


 一応大丈夫と返事が来たので、僕は絵菜にも通話できるか訊いて、OKの返事が来てからグループ通話をかけた。


「も、もしもし」

「もしもし、お疲れさま、ごめんね急に通話して」

「お疲れさまです、いえ、大丈夫です……あの、昼休みはすみませんでした。急に大きな声出しちゃって、怒っちゃって……」

「いや、大丈夫だよ。僕の方こそごめんね、梨夏ちゃんは敬語が使えなくてもいいと思っていたところがあったんだ」

「そんな、団吉さんは謝らないでください。何も悪くないので……」

「ううん、でもね、今後敬語が使えなくて困るのは梨夏ちゃんだし、よく考えると東城さんの言ってることも分かるなって思って」

「……はい。私どうしても許せなかったみたいです。おばさんって言われたのは別にいいのですが、先輩にタメ口というのが……」

「……東城、恥ずかしいけど、私も敬語が苦手なところがある。でも東城が怒っているところ見て、それじゃダメだなって思った。東城は潮見のこともちゃんと考えているんだよな」

「絵菜さん……」


 絵菜の言葉を聞いて、東城さんは言葉に詰まっているような感じだった。僕と絵菜は東城さんが口を開くまで待つことにした。


「……でも、やっぱり怒ってしまったことは反省しています。カッとなってしまったけど、もっと違う言い方があったんじゃないかって」

「そっか、うん、じゃあさ、明日謝りに行かない? 僕と絵菜も一緒にいくから」

「……分かりました。お二人がいてくれるなら、心強いです」

「うんうん、東城さんも元気出してね、東城さんが元気がないと心配になるから」

「東城、元気出して。全然悪いことじゃないから」

「ありがとうございます……! お二人とも優しいなぁ。なんか助けられた気分です」


 東城さんがふふふっと少し笑っているようだったので、僕と絵菜も少し笑った。なんとか二人が仲良くなってもらえるといいなと思った。



 * * *



「…………」

「…………」


 次の日、昼休みに僕と絵菜と東城さんは一年三組へと行った。東城さんと梨夏ちゃんが同じように少し俯いて黙っている。僕と絵菜は口を出さず二人が話すのを待っていた。


「……潮見さん、ごめんなさい。私ちょっと言い過ぎた。あなたのことを思ってのことだったけど、もっと言い方を考えればよかった」


 先に話したのは東城さんだった。梨夏ちゃんはちょっと恥ずかしそうに顔をかきながら、


「……ごめんなさい、私もひどいこと言った。私、敬語が苦手なんだけど、それじゃダメだなって思った……」


 と、少し小さな声で言った。


「ううん、誰でも苦手なことってあるし、これからちょっとずつ練習していけばいいんだよ」

「……うん、あ、はい、そうしてまする……あれ? やっぱり変だな?」


 梨夏ちゃんの言葉に、東城さんがクスクスと笑った。


「あはは、ちょっとずつね。そういえば、団吉さんのことだんちゃんって呼んでたよね、あだ名が好きなの?」

「え、う、うん、なんかそっちの方が呼びやすくて」

「そっか、じゃあ私もあだ名つけてほしいな! 改めて、東城麻里奈と言います」

「え、そ、そっか、麻里奈さんか……じゃあ『まりりん』で!」

「えっ?」


 梨夏ちゃんが元気よく言ったのだが、僕と絵菜と東城さんは笑ってしまった。


「え、え? なんでみんな笑ってるの?」

「梨夏ちゃん、東城さんはアイドル活動してて、もう『まりりん』って呼ばれているんだよ」

「え、ええー!? そうなの!? アイドルって、すごい!」

「ううん、そんなことないよ。私も潮見さんのこと梨夏ちゃんって呼んでいいかな?」

「うん! 嬉しい! まりりん、よろしくね! あ、そういえば絵菜さんの名前決めてなかったな、そうだな……『えーこ』で!」

「え、えーこ……!?」


 梨夏ちゃんが絵菜を見てニコッと笑ったが、絵菜はちょっと恥ずかしそうにしていた。僕と東城さんはクスクスと笑った。


「団吉さん、絵菜さん、ありがとうございました。あ、団吉さんも私のこと『麻里奈ちゃん』って呼んでくれていいんですよ!」

「え!? あ、その、麻里奈ちゃんはちょっと恥ずかしいかな……あはは」


 僕がそう言うと、東城さんは「えー」と言いながら頬を膨らませた。くそぅ、その顔も可愛い。


「――あ、お兄ちゃん! あれ? みんなで何してるの?」


 どこかへ行っていた日向が戻って来て不思議そうな顔をする。東城さんと梨夏ちゃんは「ふふふ、なんでもないよー」と二人で言っていた。

 なんとか二人が仲直りできてよかった。これからもっと仲良くなるかもしれない。僕は嬉しい気持ちになっていた。

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