第13話「趣味の話」

 週が変わって火曜日、午前中の授業が終わったので、絵菜と一緒に学食へ向かう。今日は絵菜が学食で何か買うみたいだ。

 昨日、日向と真菜ちゃんと長谷川くんは、それぞれサッカー部とバスケ部の見学に行ったらしい。火野と高梨さんが一年三組まで行ったのだが、クラスメイトが「なんかカッコいい人と可愛い人が来た!」とざわざわしていたらしい。さ、さすがあの二人だ……。

 日向が帰って来てから、「お兄ちゃん、私サッカー部のマネージャーになる! 先輩方も可愛いねーって言ってくれた!」と言っていた。な、なんか褒められ方が違うような気がするが、まぁいいか。本人がやりたいって言ったことだ、僕は応援したい。

 学食に行くと、火野と高梨さんが奥に座っているのが見えた。


「おーっす、お、今日は沢井が弁当じゃないのか」

「ああ、たまには買ってみようと思って」

「やっほー、あ、カレーか、いいねぇ、人が食べてると食べたくなるよねぇ」

「そうだね、カレー美味しいよね、僕もまた今度食べようかな」


 横に座っている絵菜のカレーが美味しそうだった。たしかに人が食べてると気になるものだ。


「そういえば、昨日日向ちゃんと長谷川くんが練習見に来たぜ。二人ともうちのマネージャーが気に入っちゃってさ、『可愛いー!』ってずっと言ってたぜ」

「おおー、たしかに可愛いもんねぇ。うちにも真菜ちゃんが来たよー。みんなに可愛がられてちょっと恥ずかしそうにしてたかな」

「あはは、まぁ好かれることはいいことだよね。日向も練習見てやる気がさらに出たみたい。真菜ちゃんは何か言ってた?」

「あ、練習中は真面目だけど、休憩になると楽しそうって言ってた。真菜もやる気が出たみたい」

「そっか、大変だろうけど、三人とも頑張ってほしいよね。あ、長谷川くんはついていけそうなのかなぁ」

「ああ、昨日ちょこっと俺と練習したよ。まぁ経験者だから基礎は問題なさそうだな。あとはうちの練習についていくために体力つけないとな」

「そっかそっか。それにしてもこれで二人はあの三人から見ると『火野先輩』と『高梨先輩』になったのか」

「ああ、でも今更『火野先輩』って呼ばれるのもなんか恥ずかしいな」

「そーそー、私は真菜ちゃんにずっと『優子さん』って呼んでもらってるのにさー、『高梨先輩』だとなんかよそよそしいよねぇ。絵菜もそう思わない?」

「たしかに、真菜が『高梨先輩』って呼ぶの違和感あるかも」

「そーだよねー、ああ、そんな真菜ちゃんももう高校生……旬だよね、これは美味しくいただかないと……じゅるり」

「ゆ、優子落ち着いて……食べたら誰がマネージャーやるの」


 絵菜がそう言うと、高梨さんが「あ、そかそか」と言って舌を出したので、みんな笑った。


「まぁ、兄としても妹が頑張っているのを見るのは嬉しいというか。火野、日向と長谷川くんをよろしく」

「あ、優子、真菜をよろしく……食べない程度に」

「おう、任せとけ。俺も中川もちゃんと見てるし、二人には元気に頑張ってもらわないといけねぇからな」

「りょうかーい、ちゃんと見てるから、大丈夫だよー。真菜ちゃんにも頑張ってもらわなきゃー」


 火野と高梨さんが同じように胸を叩いたので、僕と絵菜は笑った。うん、三人が元気に頑張ってくれるといいな。



 * * *



 昼ご飯を食べ終わって、絵菜と教室に戻って自分の席を見ると、斜め後ろの富岡さんの席で、富岡さんと木下くんが話しているのが見えた。

 あれ? めずらしい組み合わせだなと思って、僕も話しかける。


「あれ? 二人が話してるのってめずらしいね」

「あ、ひ、日車くん、それが、富岡さんがずっと本を読んでいるのが気になってしまって、ふ、ふと声をかけてしまったよ」

「あ、日車さん……! そうなんです、話してみたら木下さんも本を読まれると聞いて、嬉しくなって……!」

「あ、そうなんだね、二人とも本が好きだもんね、話が合うんじゃないかなぁと思っていたよ」


 ん? でも木下くんは女性に対する挙動不審が克服できたのだろうか。杉崎さん以外の人にはまだ慣れてなかったみたいだけど……。


「そうなんです……! 木下さんは普段どんな本を読まれるのですか?」

「はひ!? ぼ、僕はラブコメや異世界ファンタジーが多いかなぁ。で、でも『小説を書こう』では色々なジャンルを読むようにしているよ」


 あ、やっぱり克服はできていないようだ。しかし女の子に自分から声をかけることができたのだ。たぶん杉崎さんという存在が大きいのだろう。

 木下くんが言った『小説を書こう』とは、ネットの小説投稿サイトのことだ。ここから本になる小説も多い。僕もよく見ている。


「と、富岡さんはどんな本読んでるの?」

「はわっ!? わ、私は、その……ま、まぁ、お二人ならいいか……今これを……」


 富岡さんが持っていた本のカバーを外した。『スプライト・プリズン』というタイトルと、カッコいい男性二人のイラストがあった。やはり富岡さんはBL(ボーイズラブ)系の小説が好きみたいだ。


「お、お恥ずかしいです……ドン引きしましたよね……」

「はひ!? い、いや、そんなことないよ。あれ? このタイトルどこかで……と思ったけど、た、たしか『小説を書こう』にあったよね?」

「は、はい、そうなんです……! 元々あのサイトで連載されていて、最近書籍化されました……! ずっと追いかけていた作品なので、もう嬉しくて……!」

「なるほど、たしかにそういうパターン今多いみたいだね。応援していた小説が書籍化されると嬉しいよね」

「はい、嬉しすぎてすぐに予約しました……! 日車さんは最近何か読まれているのですか?」

「ああ、僕は今、『賢者の兄弟子を名乗る召喚士』を読んでいるよ。主人公が異世界に飛ばされてしまうんだけど、なぜかその姿が美少女召喚士で、七賢者の元に行くことになるんだけど、七人ともとんでもない能力や性格をしていて、そんな中でも勇敢に戦っていく姿がカッコよくて……はっ!?」


 しまった、また本や小説のことになると饒舌になる僕の悪い癖が出てしまった。おそるおそる二人を見ると、なぜかニコニコしていて、


「あ、ああ、タイトルは聞いたことあるよ。お、面白そうだね」

「いいですね……! 私も異世界ファンタジーもたまに読むので、気になります……!」


 と言った。よ、よかった、ドン引きされなくて。

 それからしばらく三人で本の話をして盛り上がった。隣の席の九十九さんが戻って来て、頭にハテナを浮かべていたようだけど、ま、まぁいいや。こうやって趣味が合う友達と話ができるのが嬉しかった。

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