第8話「謝罪」

 次の日の日曜日、僕は昨日と同じく三時までバイトを頑張った。

 超が十回ほど付くかと思うくらいに頑張った。店長からは「お、おお、日車くん、頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、程々にね」と言われたし、パートのおばちゃんにも「な、なんか日車くん、昨日とは別人みたいね」と言われた。単純な男である。

 三時になり、大急ぎで帰る準備をして外に出た。僕はスマホを取り出して、真菜ちゃんに『バイトが終わったので、今から行きます』とRINEを送った。真菜ちゃんからすぐに『お疲れさまです、はい、お待ちしてます』と返事が来た。そのまま絵菜の家に向かう。

 歩いている間もずっと絵菜のことを考えていた。会えたらどんな話しようかとか、いや、その前に殴られるかもしれないなとか、色々考えながら歩いていると、あっという間に絵菜の家まで来た。

 僕はふーっと息を吐いて、そっとインターホンを押す。すぐに「はい」と声がしたので、「こ、こんにちは、日車です」と言うと、「まあまあ、ちょっとお待ちください」と言われた。たぶん真菜ちゃんかな? と思っていると、玄関が開いて真菜ちゃんがいた。


「まあまあ、お兄様こんにちは。すみませんわざわざ来てもらって」

「こ、こんにちは、いや、大丈夫……だよ」

「ふふふ、お兄様もちょっと緊張しているみたいですね、さあさあ、上がってください」


 真菜ちゃんに促されて僕は「お、おじゃまします」と言って上がらせてもらった。


「お姉ちゃん、ご飯の時以外ずっと部屋にこもりっぱなしで。私も何度か声をかけたのですが、聞いてるようで聞いていないみたいで」

「あ、そ、そうなんだね……」

「お兄様が来ることも、言っていないです。なので最初は私も部屋に入りますね」


 絵菜の部屋の前に来て、真菜ちゃんがコンコンとノックする。「はい」と聞こえたような、聞こえなかったような。でも真菜ちゃんはドアを開けた。


「お姉ちゃん、お兄様が来たよ」

「――っ!!」


 僕の顔を見た絵菜は、バタバタと慌てたが、何かを感じたのかすぐにおとなしくクッションに座った。


「お姉ちゃん、お兄様とお話してね。じゃあお兄様、私は出て行きますので」

「え!? あ、う、うん……」


 パタンとドアが閉まる音がした。絵菜の部屋で絵菜と二人きりになる。ふと机とベッドを見ると色々と物が散らかっていた。た、立ったままというのも変だなと思って、テーブルを挟んで絵菜と向かい合うように座った。

 ……でも、何と話し始めればいいのか分からなくて、しばらくお互い黙ったままだった。チラッと絵菜を見ると、俯いていた。いつもは綺麗な金髪もボサボサだ。こ、このままではいけない。僕はゴクリと唾を飲み込んで話し始める。


「……絵菜、ごめん。口では絵菜のこと一番大事だとか言ってるのに、絵菜の気持ちを全然分かってなかった。絵菜の言う通り、優しすぎる僕が全部悪いんだ。謝ってすぐに許してもらえるとは思ってないけど、許してもらえるまでずっと待ってる。本当に、ごめんなさい……」


 そこまで言って、僕は突然目に涙があふれそうになった。や、ヤバい、何泣いているんだ、しっかりしろと思ったが、だんだんこらえきれなくなってきた。絵菜が口を開いてくれるまでずっと待つつもりだったが、


「……った」


 と、かすかな声で絵菜が何かを言った。僕は聞き取れなくて「……ん?」と、鼻をすすりながら聞くと、


「……私、ひどいこと言った……勝手に思い込んで、勝手に八つ当たりして……もう嫌われてもしょうがないと思った……」


 と、絵菜はゆっくりと話してくれた。


「……ううん、僕の方こそ嫌われたと思った……僕が優しすぎるのがよくないから……ご、ごめん、涙が止まらなくてうまく……話せなくて」

「……団吉は、優しくて、可愛くて、勉強ができて……そんなところに惹かれていたのに、私、ごめん……ひどいこと、言った……」


 そこまで話して、絵菜が「ううう……」と言って顔を手で覆った。僕はじっとしていられなくなって、涙を拭いて絵菜の横に行った。絵菜の背中をそっと触ると、絵菜が顔を上げて僕に抱きついてきた。まだ泣いているので、僕は絵菜の背中をさすった。

 その時ふと思い出した。絵菜に告白した時、絵菜は泣いていて、こうやって抱きついてきたので背中をさすってあげたのだった。


「ごめんね、絵菜はずっと不安だったんだよね……僕が女の子と一緒にいるのを見るのが辛かったんだよね」

「……うう、私、ひどい女……自分勝手で、わがままで……」

「そんなことないよ、僕は絵菜が怖がりで、寂しがりやで、でも笑顔が可愛くて、本当は優しいこと、知ってるから。ほら、僕が告白した時のこと覚えてる? あの時もこうやって絵菜の背中をさすってあげたね」

「……うん、忘れるわけない、とても嬉しかったから……あの頃からずっと団吉は優しいのに、私はずっと子どものままだ……」

「僕はやっぱり優しすぎるんだね。それがいいところでもあり、悪いところでもある。イマイチピンと来てなかったけど、絵菜に言われて気がついたよ。ありがとう、絵菜のことが大好きだよ」

「そんな……私こそ、ありがと、団吉が大好き……」


 絵菜がそう言ってさらにぎゅっと抱きついてきた。まだ泣いているみたいだったので、ずっと背中をさすってあげた。

 しばらくして、絵菜のスマホが鳴った。「……あれ?」と言いながら絵菜が見ると、ふふっと少し笑っているように見えた。


「ど、どうかした?」

「真菜が、『お話が終わったら呼んでね、飲み物持って行くから』って」

「あはは、あ、や、ヤバい、僕も泣いてたのがバレてしまう……!」


 慌てて目をこする僕を見て、絵菜がクスクスと笑った。「そのままで大丈夫」と絵菜が言って、どうやら真菜ちゃんにRINEを送ったようだ。すぐにコンコンとノックする音が聞こえた。絵菜が「はい」と言うと、真菜ちゃんが入ってきた。


「お話終わりましたか? って、お姉ちゃん、髪がボサボサだからこれ使って!」


 真菜ちゃんが飲み物と一緒にブラシを差し出した。さ、最初から用意してきたのだろうか、僕が思わず笑ってしまうと、絵菜も真菜ちゃんも笑った。


「……お姉ちゃんも、お兄様も、すっきりしたみたいですね。よかった、私もう心配で……」

「ごめん、真菜……心配かけて。もう大丈夫」

「真菜ちゃん、本当にありがとう。自分のことと絵菜のことをきちんと考えることができたよ」

「まあまあ、よかったです。二人とももうケンカしないでくださいね。みんな悲しんでしまいます」


 それからしばらく三人で話していた。自分が悪いとはいえ、本当によかった。

 絵菜と真菜ちゃんの笑顔を見て、僕はとても嬉しくなった。この二人をこれからも守っていきたい、その気持ちは変わらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る