第3話「授業開始」

「よーし、今日から三年生の授業を始めるぞー、みんなしっかりとついて来いよー」


 大西先生が大きな声で言った。始業式の次の日、早速三年生の授業が始まった。最後の一年だ、気合いを入れていかなければならない。

 理系の僕たちは二年生の最後の方で早めに数Ⅲに入っていた。その続きだ。内容もなかなか難しいので、いつもの大西先生のハイスピード授業だとまた分からない人が出てくるのでは……と、ちょっと心配だった。

 さて、集中して取り掛かるかと思っていると、隣の席で九十九さんが「あ」と小さな声を出した。何かあったのだろうかと思ったが、訊かずに前を向いていると、


「ひ、日車くん……」


 と、九十九さんが小さな声で話しかけてきた。


「ん? どうかした?」

「あ、あの、間違えて数Ⅱの教科書持って来ちゃって……ご、ごめん、今日は見せてくれないかな……」

「あ、そうなんだね、うん、いいよ、じゃあ机くっつけようか」


 僕がそう言うと、九十九さんが机を動かして僕に近づいてきた。となると自然と距離が近くなるわけで、九十九さんを見ると横顔も美人で僕はドキッとしてしまった。うう、僕も男なんだな。

 しばらく大西先生が説明をする。しかしハイスピードなのは相変わらずだった。これは後々大変なことになりそうだなと思った。

 そういえば九十九さんが勉強しているところを見るのは初めてだなと思って、ふと九十九さんのノートを見ると、とても綺麗な字が書かれてあった。さすが、学年トップの九十九さんは字も綺麗なのか。負けていられないなと思った。


「じゃあ、さっき説明したところの問題、解けたかな、この二つの問題を……大島と杉崎、前に出て解答を書いてくれ」

「はい」

「えぇ!? あ、あたし!?」

「そう、そのあたしだよ。ほらほら、驚いてないで書いてくれ」


 大西先生に指名されて、大島さんと杉崎さんが前に出て解答を書く。杉崎さんがうーんうーんと唸っていたので、どうやら大島さんがフォローしてあげているみたいだ。


「す、すごいね、大西先生の授業初めて受けたけど、ハイスピードだね……」


 僕の隣で九十九さんがぽつりとつぶやいた。


「うん、数学はずっと大西先生だけど、変わらないんだよね……」

「そ、そっか、私も頑張らないと……でも、数学は日車くん得意だったよね」

「あ、うん、好きだから頑張れるというか」

「そっか、数学が得意な日車くん、いいな……カッコいい」


 あ、あれ? いつの間にか数学から僕の話になっているような……九十九さんを見ると、バッチリと目が合って、しかも僕の左手をちょんと触ってきた。す、すごく美人だ……って、違う違う! あわわわ、ぼ、僕は何を考えているのだろうか。


「そ、そんなことはないけどね……あはは」

「ううん、私、日車くんの隣にいると居心地がよくて……つい」

「あ、そ、そっか、僕みたいな人はいっぱいいると思うよ……はっ!?」


 その時、どこからか恐ろしい視線を感じてふと斜め前を見ると、絵菜がすごい目でこちらを見ていた。や、ヤバい! さすがに声までは聞こえないと思うけど、全部見られていたのだろうか……変な汗が出てきたような気がする。


「よーし、大島、杉崎ありがとう。この問題を説明していくぞー」


 大西先生の説明が始まって絵菜も前を向いた。う、うう、嫌な予感がする……。



 * * *



 午前中の授業が終わって、昼休み。僕と絵菜はお弁当を持って学食へ行く……のだが、絵菜がどうもおとなしいというか、拗ねているような気がする。や、やはり授業中の九十九さんとのやりとりを気にしているのか……。

 学食へ行くと、奥の方にいつもの二人が座っていた。


「おーっす、お疲れー、ついに三年生になっちまったなぁ」

「やっほー、お疲れさまー、あー授業も始まっちゃったよー疲れるねぇ」


 二人が「はあぁ」とため息をつく。一人は火野陽一郎ひのよういちろう。僕の中学からの友達で、僕のことを一番よく分かってくれている爽やかイケメン。女の子にも人気があるので羨ましい。

 もう一人は高梨優子たかなしゆうこ。絵菜の幼稚園からの友達で、絵菜のことをずっと心配してきた一番の理解者。高身長で美人で明るいので、こちらも男の子に人気がある。二人とも大事な友達だ。ちなみにこの二人はお付き合いをしている。


「お疲れさま、始まっちゃったね。そういえば二人は何組になった?」

「俺も優子も一組になったぜ。今度は一緒になれたぜー」

「うんうん、陽くんと一緒になれて嬉しいよー、あと中川くんも一緒なんだよねぇ」

「ああ、そうなんだね、そっちも固まったのか……」


 高梨さんが言った中川くんとは、中川悠馬なかがわゆうま。サッカー部の部長で風紀委員長もしている茶髪のイケメン。自分の意見もしっかり言えるので、僕は中川くんに助けてもらったことが何度もある。これができる男ってやつか。


「団吉と沢井は一緒になれたのか?」

「うん、五組で一緒になれたよ。まぁ、他にも木下くんとか杉崎さんとか、知り合いがいっぱいいたんだけど」

「そかそかー、二人ともよかったねぇ……って、あれ? 絵菜、なんかしょんぼりしてない?」

「あ、いや……団吉を好きな人が集まったので、ちょっと気になってるというか……」

「……ははーん、さては大島さんや九十九さんが一緒なんだね? 大丈夫だよー、日車くんは絵菜一直線だから」

「おう、団吉は人に流される奴じゃねぇ。沢井、気にしすぎもよくないぞ」

「う、うん……私は団吉を信じてる……」


 絵菜がそう言って、僕の左手をそっと握ってきた。たしかに、他の女の子と全く話さないのは無理としても、絵菜が心配になる気持ちも分かる。僕も絵菜に余計な心配をさせたくなかった。


「うん、僕は絵菜のことを一番大事に想っているよ」

「うん……ありがと」

「そうそう、二人とも仲良くな。まぁでも団吉もモテるようになったからなぁ、沢井の気持ちも分かるっていうか」

「そだねー、日車くん優しくて可愛いし勉強もできて、頼りたくなるもんねぇ。あ、数学でまた分からないところがあったんだった……」

「ああ、また今度教えようか?」

「おおー! 頼りにしてます日車先生! って、言った私が一番頼ってる気がするねぇ」


 高梨さんがテヘッと舌を出したので、みんな笑った。


「そうだ、団吉と前話してたんだけどさ、また今度四人で遊びに行かねぇか?」

「そういえば話してたね、うん、いいんじゃないかな」

「ああ、いいねぇー、行く行くー! 絵菜も行くでしょ?」

「うん、どこでもいい、行きたい」


 四人で話しながら昼ご飯を食べるのも、日常となった。それもあと一年と思うと少し寂しくなるが、先のことをあまり考えず、今を楽しみたいなと思った僕だった。

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