第116話「祈り」
ホワイトデーも無事に終わって、その週の土曜日。今日は朝から日向がそわそわしていた。
なぜかというと、今日ついにうちの高校の合格発表があるのだ。試験の日、帰ってきた日向は「どどどどうしよう……できたかな、あそこ間違えた気がする……あああ私だけ落ちたらどうしよう……」と、ものすごく不安になっていた。大丈夫だよと僕と母さんは言ったのだが、日向の気持ちはよく分かった。僕も合格発表までドキドキだった。
今日は、「お兄ちゃん、一緒に見に行ってくれない……?」と日向が言っていたので、僕も一緒に高校へ行くことにした。たぶんまだ不安なのだろう。心配事があると僕に甘えてくるのは昔から変わらなかった。
絵菜と真菜ちゃんと長谷川くんがもうすぐうちに来ることになっている。リビングに行くと、日向がどんよりした顔でソファーに座っていたので、僕も横に座る。
「日向、大丈夫か?」
「う、うん……ど、どうしてもドキドキがおさまらなくて……」
「まぁ、気持ちはよく分かるよ、僕もドキドキだったし。日向はよく頑張ったよ、大丈夫、みんな合格してる」
「そうよ、日向、よく頑張ったわ。大丈夫よ、お父さんがちゃんと見てくれてるから」
「う、うう……うん」
日向がそっと僕の手を握ってきた。こうやって手をつなぐのも昔から変わらない。
その時、インターホンが鳴った。出ると絵菜と真菜ちゃんと長谷川くんが来ていた。
「あ、おはよう、いらっしゃい」
「お、おはよ」
「お兄様、おはようございます。ついに合格発表の日が来てしまいました……」
「お兄さん、おはようございます。ぼ、僕もまた緊張してきました……」
「ああ、見るまでドキドキだよね、僕もそうだったよ。それじゃあみんなで行こうか」
母さんに見送られ、僕たちは高校まで歩いて行く。僕と絵菜はいつも通っている道だが、他の三人の足取りは重そうな感じがした。三人ともよく頑張ったから大丈夫と言ったが、三人の表情は硬いままだった。
「……三人とも緊張しているみたいだな」
僕の横にいた絵菜がぽつりとつぶやいた。
「うん、気持ちはよく分かるよ。色々考えちゃうよね。僕も自分の番号見るまではドキドキだったなぁ」
「私も、落ちたらどうしようとか、そんなことばかり考えてた。でも受かってよかった、団吉と出会えたから」
「うん、僕も絵菜と出会えたからよかったよ」
僕と絵菜は話しているが、後ろの三人はあまり話すことなく、高校に着いた。校門と玄関の間の広場に中学生や保護者がたくさんいる。時計を見るとあと十分くらいで合格者の番号が掲示される時間になるようだ。
「……あああ、今思い出した、あの問題絶対間違えてる……!」
「ひ、日向ちゃん、だ、大丈夫だよ、他は全部正しいから……!」
「そ、そうだよ、あ、ぼ、僕も気になってきた……あれ違ったんじゃないかな……」
三人があわあわと慌てている。僕は三人に声をかけることにした。
「三人とも落ち着いて、絶対大丈夫だから。三人がこれまで頑張ったのはみんな知ってるし、空の上から神様もうちの父さんも見ていたから。ほら、深呼吸しよう」
と、父さんまで出したのはさすがにやり過ぎたかと思ったが、まぁいいや。三人とも硬い表情は変わらなかったが、ふーっと深呼吸をしていた。
「あ、来たみたい」
絵菜が言ったので見てみると、高校の先生たちがやって来た。あの看板に合格者の番号が書いてあるのか。僕はもう一度三人が合格しているように祈った。
看板が立てかけられて、みんな一斉に注目する。ざわざわとしていた中で「あったー!」という声も聞こえてきた。
僕は三人の方を見る。三人とも緊張した顔で自分の番号を探している。頼む、あってくれ――
「――あった、ありました! 私の番号が!」
一番最初に声をあげたのは真菜ちゃんだった。よかった、真菜ちゃんは合格だ。
「――あ、あった! 僕の番号もありました!」
次に声をあげたのは長谷川くんだった。よかった、長谷川くんも合格だ。となると残ったのは――
「…………」
「……ひ、日向? どうだった……?」
「……あ……た」
「え?」
「……あった、あった! 私の番号もあっだ……お兄ぢゃ……ふえええええ」
そう言って日向が僕に抱きついてきた。お、おい、みんな見て……るけど、まぁいいか。日向が僕の胸に顔をうずめて泣いている。相当気を張っていたのだろう。僕はそっと日向を抱きしめた。
「そっか、よかった、みんな合格したんだね、ほんとによかった……あ、あれ? おかしいな、僕も目から何か出てきた……」
「ふふっ、よかったな、私もなんかもらい泣きしそうだ」
「お兄様、お姉ちゃん、日向ちゃん、長谷川くん、よかった……またみんなで学校で話せます……ぐすん、私も涙が出てきました……」
「う、うう、僕も涙が出てきました……よかった……みんなで合格出来てよかった……」
日向はずっと「うううう……」と言って僕の胸で泣いている。
「ほら、日向、泣いてばかりいないで、母さんに電話したらどうだ? 合格したよって」
「うう……うん……電話ずる……」
「うん。そうだ、真菜ちゃんも長谷川くんも家に電話したらどうかな? きっと嬉しいと思うよ」
僕がそう言うと、三人とも親に電話をした。母さんの「おめでとう! よかったわね!」という声が日向のスマホから僕にも聞こえてきた。か、母さん声大きいな……。
三人とも電話を終えて、「よかったねー!」と言い合って握手していた。日向も少しずつ元気が出てきたようだ。
「……よし、三人の合格祝いに、駅前のハンバーガー屋に行こうか、僕がおごるよ」
「やったー! って、お兄ちゃん、私ステーキがいい!」
「えぇ!? まだ昼になってない時間だぞ……それにステーキなんておごるほどのお金はないよ」
「むー、お兄ちゃんのケチー。まぁハンバーガーでもよしとしようではないか!」
「な、なんでそんな上から目線なんだよ……」
僕と日向のやりとりに、みんな笑った。
それにしても、これで四月から三人は僕たちの後輩になるのか。東城さんの時以上に不思議な感じだった。
「団吉、みんな合格してよかったな」
「うん、そうだね、どうなることかと思ったけど、よかったよ」
嬉しそうな三人の笑顔を見て、僕と絵菜もあたたかい気持ちになっていた。
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