第115話「ガトーショコラ」
三年生が卒業し、学校には僕たち二年生と一年生だけになった。人数が減って少し寂しいような感じもする。
今日は三月十四日、そう、ホワイトデーだ。バレンタインデーで女の子からチョコなどのプレゼントをもらった者は、この日にお返しをしないといけない。それは変わることのない掟なのだ。
僕は今年もお返しを何にしようかと迷ったが、ガトーショコラを作ってみることにした。チョコをもらっておいてチョコが入ったガトーショコラをお返しにするのはどうなのかなとも思ったが、細かいことはいいのだ。
この前の日曜日に、バイトが終わってそのままスーパーで必要なものを買いそろえて、帰ってから作った。日向が、「お兄ちゃん、何か作ってるの? 私も手伝う!」と言って、結局日向も一緒に作ることになった。泡立て器で混ぜるのが大変だったが、動画を参考にしてなんとか作ることができたと思う。
今年は日向からはもらっていないが、手伝ってくれたお礼に日向にもプレゼントした。さっそく食べていた日向は「うん、美味しいよ!」と言ってくれた。よかった、これなら他の人に渡しても大丈夫だろう。
昼休みにいつもの四人で昼ご飯を食べた後、僕は持って来ていた袋を二つ取り出し、絵菜と高梨さんに渡した。
「はい、今日はホワイトデーだから、これ僕から。中はガトーショコラだよ」
「おおー、さすが日車くん! ありがとー! なになに、またなんか手作りっぽいんだけど!?」
「うん、初めて作ってみたよ。日向が美味しいって言ってたから、たぶん大丈夫」
「すげーな団吉、俺なんて買ったものだったぜ。料理できるっていいよなー」
「うんうん、日車くんいいお嫁さんになるよー」
「い、いや、何度も言ってるけど僕は男だからね?」
僕がそう言うと、みんな笑った。
「団吉、ありがと、嬉しい……大事にする」
「あ、い、いや、早めに食べてね、チョコもらってチョコのお返しというのもどうかと思ったけど、まぁいいかなと」
「うん、いいんじゃないかな。団吉の気持ちが嬉しい」
「そっか、よかったよ。あ、他の人にも渡してくるね」
僕は三人にそう言って、学食を出た。ここから一番近いのは一年生の教室か、一組を覗いて東城さんがいないかなと思っていると、
「あ、日車先輩、どうかしましたか?」
と、後ろから声をかけられた。振り返ると天野くんがいた。
「あ、ごめん、東城さんいるかな?」
「ああ、いますよ、ちょっと待っててください」
天野くんが東城さんを呼びに行ってくれた。東城さんは僕に気づくと、「あ!」と言ってこちらに走って来た。
「団吉さん、こんにちは! 私を呼んでいたと聞きましたが?」
「こんにちは。これ、今日はホワイトデーだから、東城さんにも渡したくて。中はガトーショコラだよ」
「わ! ありがとうございます! あれ? なんか手作りっぽい?」
「うん、僕が作ってみたんだ。たぶん味は大丈夫だと思う」
「ええー! すごい! 団吉さん何でもできちゃうんですね! カッコいいです!」
東城さんが目をキラキラさせて僕を見てきた。くそぅ、やっぱり可愛い。
「い、いや、大したことはできないけどね……早めに食べてね」
「はい! ありがとうございます!」
東城さんのクラスを後にして、僕は二階へと向かう。一番奥から行こうと思って、八組の教室の前まで来た時、
「あ、日車くん」
と、声をかけられた。振り返ると九十九さんがいた。
「あ、九十九さん、ちょうどいいところに。これ、今日はホワイトデーだから、九十九さんにも渡したくて」
「え、え!? わ、私に!? あ、ありがとう……!」
「うん、チョコもらっていたからね。中はガトーショコラだよ。作ってみたけど、味はそこそこだと思う」
「作ったの!? す、すごい……日車くん何でもできるんだね」
「い、いや、そうでもないよ、動画を参考にすればできたし、たまにはいいかなと思って」
「そっか……でもありがとう、味わって食べるね。あ、康介に見つからないようにしないと……」
あ、弟くんか。見つかると何かあるのかなと思ったが、訊かないことにした。
九十九さんと別れて、そのまま六組へ行く。杉崎さんはいるかなと教室の中を覗くと、木下くんと目が合ってこちらにやって来た。
「ひ、日車くん、どうしたの?」
「ああ、杉崎さんいるかな?」
「あ、い、いるよ、ちょっと待ってて」
木下くんが杉崎さんを呼びに行ってくれた。杉崎さんがニコニコしながらやって来た。
「おー日車、どしたー?」
「ああ、今日はホワイトデーだから、杉崎さんにこれを渡したくてね、中はガトーショコラだよ」
「え! あたしに? サンキュー! って、あれ? なんか手作りっぽいな?」
「うん、僕が作ったんだ。味はまあまあだと思うけど」
「マジ!? すごいな、そういえば去年も作ってたよなー、日車絶対いいお嫁さんになるよーなんちって」
「い、いや、だから僕は男だからね? 早めに食べてね」
「サンキュー! あ、じゃあついでにあたしの胸でも触っていくか? ほれほれ」
「え!? い、いや、それは遠慮しておく……」
六組を後にして、僕は隣の五組へと戻る。見ると大島さんと富岡さんが何か話しているみたいだった。
「あら、日車くん、戻って来たのね」
「日車さん、お疲れさまです……!」
「あ、ちょうどよかった、二人に渡したいものがあってね、はいこれ、今日はホワイトデーだから」
「え!? わ、私に……!? あ、ありがとう」
「はわっ! あ、ありがとうございます……!」
「いえいえ、中はガトーショコラだから、早めに食べてね」
「そ、そうなのね、でもこれ、なんか手作りっぽいけど?」
「うん、僕が作ってみたよ。難しいかなって思ったけど、案外いけるもんだね」
「えぇ!? す、すごいわね日車くん……何でもできるのね」
「す、すごいです……! 今度作り方を教わりたいくらいです……!」
「あ、私も知りたいわ」
「いやいや、大したことはないよ。じゃあ参考にした動画のリンクを二人に送るね」
僕はポチポチとスマホを操作して、リンクを二人に送った。しかし大島さんが「日車くんからもらっちゃった……ふふふふふ」と小声で嬉しそうに言っていた気がするのだが、そんなに嬉しかったのだろうか。
よし、これで全員に渡せたな。せっかく作ったので、みんな美味しくいただいてくれるといいなと思った。
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