第112話「勝負の日」

 二年生最後の定期テストが迫った、ある金曜日。

 今日は学校で入学試験が行われるため、去年と同じく僕たちは休みだった。

 そして、日向、真菜ちゃん、長谷川くんはついに本番となる。どうも早く目が覚めてしまったらしい日向がそわそわしていた。


「う、ううー、ついに本番だ……大丈夫かな……あああもう大事な公式忘れてそう……」

「ひ、日向落ち着いて……大丈夫だよ、これまで頑張ってきたのは僕も母さんも分かってるから」

「そうよ、勉強が苦手な日向がこれまで頑張ってきたんだもんね、大丈夫よ」

「う、うん……でも、私だけ落ちたらどうしようって、嫌なことばかり考えてしまう……」


 日向の気持ちが分かる気がした。僕も中学三年生の時にしっかりと準備をして試験に臨んだが、心の中ではドキドキだった。落ちたらどうしようと。本番で何かミスするんじゃないかと。


「……日向、気持ちは分かるよ。こっちおいで」

「……ん?」


 日向が僕のところに来た。僕は日向の頭をなでた後、ぎゅっと抱きしめてあげた。


「お、お兄ちゃ――!?」

「あ、あれだ、東城さんが去年これで合格したって言ってたから、おまじないみたいなもんだ」

「あ、ありがとう……お兄ちゃん」


 日向もぎゅっと僕を抱きしめる。はっ!? 母さんに見られているのだった。うっ、ちょっと恥ずかしい……。


「ふふふ、団吉のパワーもらえばもう大丈夫ね、真菜ちゃんと健斗くんも来るんだっけ?」

「うん! もうすぐ来ると思うけど……」


 三人で話していると、インターホンが鳴った。出ると真菜ちゃんと長谷川くんが来ていた。


「お兄様、日向ちゃん、おはようございます」

「お、おはようございます」

「真菜ちゃん、健斗くん、おはようございます!」

「おはよう、ついに本番だね、みんな緊張してない?」

「わ、私はちょっと緊張しています……お姉ちゃんにもお母さんにも大丈夫って言ってもらえたのですが……」

「ぼ、僕もちょっと、いやだいぶ緊張してます……僕だけ落ちないかななんて変なことばかり考えちゃう……」


 真菜ちゃんも長谷川くんも緊張しているようだ。そりゃそうか、日向と同じ気持ちになっていてもおかしくない。


「き、緊張するよね……はっ、そうだ! お兄ちゃん、真菜ちゃんにアレやってあげなよ、おまじない。け、健斗くんはさすがにできないから、握手とか……」


 ん? アレ……って、ま、まさかさっきやったアレのことだろうか。く、クリスマスのことなど色々思い出してしまった。


「え、あ、でも、そうだな、三人には合格してもらいたいし……真菜ちゃん、ちょっとおいで」

「……? あ、はい」


 真菜ちゃんが僕の元に来る。その真菜ちゃんを僕はぎゅっと抱きしめてあげた。


「お、お兄様――!?」

「こ、これ、実は東城さんにも去年やってあげて、合格したから、ぼ、僕のパワーみたいなものが伝わるといいなと思って……あはは」

「お兄様……ありがとうございます、嬉しいです。これで頑張れます」


 真菜ちゃんがぎゅっと僕を抱きしめる。真菜ちゃんからふわっと石鹸のようないいにおいがする……はい神様、僕はいつ捕まるのでしょうか。


「あ、さ、さすがに長谷川くんにはできないから、握手しようか」

「あ、は、はい……」


 僕は長谷川くんと両手で固く握手した。


「お兄さん、ありがとうございます。僕もこれで頑張れます」

「うん、三人とも頑張って。そろそろ行った方がいいんじゃないかな?」

「あ! そろそろ行かなきゃ! 真菜ちゃん、健斗くん、行こう!」


 僕と母さんに見送られて、三人は高校へと行った。


「……行っちゃったわね、三人で無事に合格できるといいわね」

「うん、あの三人ならきっと大丈夫だよ、と言いながら、僕もちょっとドキドキしているよ……」

「ふふふ、団吉もお疲れさま、三人の勉強見てあげてたわね。私たちは合格するように祈っておきましょうか」


 母さんと一緒にリビングに戻って、ふとスマホを見るとRINEが届いていた。送り主は絵菜だった。


『おはよ、ちょっと通話してもいいか?』


 五分前くらいに届いたみたいだ。僕は「ちょっと絵菜と通話してくる」と母さんに言って自分の部屋へと行った。ベッドに座って、『おはよう、うん、いいよ』と送ると、すぐにかかってきた。


「も、もしもし」

「もしもし、あ、おはよう」

「おはよ、真菜そっちに行った?」

「うん、さっき来てたよ。日向と長谷川くんと一緒に高校へ行ったよ」

「そっか、真菜は朝から落ち着かないみたいで、ずっとそわそわしてた」

「あはは、そっか、日向も同じような感じだったよ。あ、なんか用事だった?」

「あ、いや、用事があったわけじゃないんだけど、こ、声が聞きたくなって……」


 恥ずかしいのか、最後の方の声が小さくなる絵菜だった。か、可愛い……と思ってしまった。


「そ、そっか、僕なんかの声でよければ、いつでも聞かせてあげたいというか……あれ? 前にも言ったような気がする」

「ふふっ、ありがと、それと、真菜に団吉がなんかしたような気がして……」


 絵菜の言葉を聞いて、僕はドキッとした。え、絵菜の勘が鋭い……ま、まぁ、悪いことをしたわけではないと思うので、話すことにした。


「あ、そ、その、僕のパワーを送るために抱きしめてあげたというか……そ、それ以上は何もないからね」

「そっか、いいな真菜、私も抱きしめてもらいたい……」

「あ、え、絵菜にもしてあげるよ……って、は、恥ずかしいね」


 僕がそう言うと、絵菜はクスクスと笑っていた。


「もうすぐ二年生も終わりだな、なんかあっという間だった」

「うん、そうだね、クラスが一緒にならなくて絵菜が落ち込んでいたのを思い出すよ」

「う、うん、三年生になったらやっぱり団吉と一緒がいい……今から念を送っておかないと……」

「あはは、うん、僕も離れてみて、やっぱり絵菜と一緒がいいって思ったよ。お、男の子が言い寄って来てないかと心配になって」

「ふふっ、誰が来ても私は団吉しか見えないから、大丈夫」

「そ、そっか、ありがとう……あ、でもその前に最後のテストがあるね」

「そうだった……今日は勉強しようかな」

「うん、僕も勉強しておくことにするよ」

「あ、そしたら一緒に勉強しないか? 私そっち行くので」

「あ、うん、いいよ、一緒にやろうか」


 絵菜が「ありがと、準備してから行く」と言って、通話を切った。そろそろ日向たちは試験が始まっただろうか。三人とも頑張ってほしい。

 僕も三人に負けないように今日は絵菜と勉強を頑張ろうと思った。

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