第110話「勉強会」
二月最初の日曜日。
僕は昨日今日とバイトに入る予定にしていたが、昨日店長が、「日車くん、頑張ってくれているけど、勉強は大丈夫かい? 明日はけっこう人が入っているから、休んでも大丈夫だよ」と言っていたので、急遽休むことにした。
実は店長と話す前にもパートのおばちゃんから「日車くん、バイトもいいけど、勉強も疎かにならないようにね。うちの子みたいになっちゃうから」と心配されていた。一応勉強は普段からちゃんとしているため、特に問題ないとは思うが、気遣いが嬉しかった。
昨日絵菜とRINEしている時に休みになったことを話すと、『あ、じゃあ明日うちに来てくれないか? 真菜が私に数学を聞いてきたんだけど、うまく説明できなくて……』と言っていた。なるほど、もうすぐ入試だし真菜ちゃんも頑張っているのだな。僕は勉強を見てあげることにした。
ついでに日向も連れて行って一緒に勉強させようと思って日向に話すと、「えぇ!? 遊ぶのなら行くんだけど……わ、私も行かなきゃダメ……?」と甘えてきた。当たり前だ。真菜ちゃんを見習いなさい。
部屋で勉強道具など準備をしていると、コンコンとノックする音が聞こえた。「はい」と言うと日向が入ってきた。
「お兄ちゃん、準備できた?」
「ああ、大丈夫だ、そろそろ行くか」
「うん。あ、そういえばもうすぐバレンタインデーだね」
「あ、そういえばそうだな、でも日向はダメだぞ、受験生なんだから今年はなしで」
「えぇ!? う、ううー、お兄ちゃんが厳しい……」
「そんなことよりもちゃんと勉強しておかないと、青桜高校に合格できないからな」
「う、ううー、分かった……その代わり、来年は豪華にいくから、期待しててね!」
「分かった、楽しみにしておくよ」
母さんに「行ってらっしゃーい」と見送られ、僕と日向は絵菜の家に向かう。外はやっぱり寒かった。春はまだかと言いたくなる。
しばらく歩いて、絵菜の家までやって来た……と思ったら、玄関先に真菜ちゃんがいるのが見えた。
「真菜ちゃんだ! こんにちは!」
「あ、お兄様、日向ちゃん、こんにちは! 今日は来てくださってありがとうございます」
「あ、こんにちは……って、真菜ちゃんどうしたの? さ、寒くない?」
「お姉ちゃんからお兄様たちがもうすぐ来ると聞いて、お待ちしておりました。寒かったでしょう、どうぞ入ってください」
真菜ちゃんに促されて僕と日向は家に上がらせてもらった。リビングに案内されると、絵菜とお母さんがいた。
「い、いらっしゃい」
「まあまあ、団吉くんに日向ちゃん、こんにちは。今日は真菜に勉強を教えてくれるそうで、ありがとうございます」
「こんにちは、おじゃまします。いえいえ、真菜ちゃんももうすぐ試験なので、お手伝いできればと思って」
「ふふふ、さすが団吉くんですね、真菜、よかったわね」
「うん! お兄様、日向ちゃん、どうぞ温かいコーヒーです。一息ついたら教えてください」
「団吉ごめん、私が教えてあげられたらよかったんだけど、うまく説明できなくて……」
「ううん、大丈夫だよ、教えるのはだいぶ慣れたから、任せてもらえれば」
「そ、そっか、ありがと。あ、私も数学か物理教えてほしい……」
「うん、いいよ。そしたら日向も勉強な」
「う、ううー、お兄ちゃんが厳しい……で、でももうすぐ試験なんだ、頑張らないと……」
真菜ちゃんが出してくれたコーヒーと、お母さんが出してくれたお菓子をいただいた後、僕たちは勉強することにした。三人とも数学をやっていて、僕は教える側に回った。
「お兄様、ここがどうしてこの答えになるのかイマイチつかめないのですが……」
「ああ、これは放物線と直線の交点を点Pとすると、こうなって……」
「ああ、なるほど! 分かりました。お兄様はやっぱりすごいですね、私の神様です」
「団吉はそろそろ神を超えたかもしれない……」
「まあまあ! 神を超えるお兄様か、なんだかカッコいいですね!」
「い、いや、二人とも、神様のことはそろそろ忘れようか……」
う、うーん、なんか二人にすごい人だと思われてそうだ……ちょっと前まで女の子と話すのも苦手だった僕が、そんなにすごい人であるわけがなかった。
「あ、そうだお兄様、もうすぐバレンタインデーですが、今年は受験もあるので私は控えておこうと思います。その代わり、来年は豪華にしたいと思っていますので、期待していてください!」
「あ、う、うん、分かった、楽しみにしておくよ。しかし日向聞いたか? 真菜ちゃんはちゃんと自分からやめておくって言ったぞ」
「う、ううー、お兄ちゃんが私をいじめる……バカー、アホー」
僕の言葉を聞いた日向が、泣きそうな顔をしている。
「え!? い、いや、いじめたわけではないんだが……ご、ごめん、ちょっと言い過ぎた……」
「ふふふー、なんてね、分かってるよー、お兄ちゃんは私が大好きだもんね! あ、絵菜さんの次か」
「ええ!? あ、いや、まぁ……そ、その通りなのかもしれないけど……」
急に恥ずかしくなっていると、みんなクスクスと笑っていた。うう、なぜこうなってしまうのか。
「ふふっ、団吉はやっぱり優しいな」
「そ、そうかな、ただ妹に甘い兄であるだけな気がするけど……」
「お兄様、そこが素敵なのですよ、日向ちゃんのことを一番大事に想っている優しいお兄様。それでこそ私の神様です」
「え、あ、で、でも、長谷川くんもいることだし、そろそろ兄としても妹離れしないといけないなって思ってたりもするよ……って、妹離れってなんだ?」
「ふっふっふ、前にも言ったけど、健斗くんは健斗くん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよー、それは
「お、おう、意外と難しい言葉知ってるな……ま、まぁ、兄妹であることはずっと変わらないからな。それはいいけど、ペンが止まってるぞ、分からないのか?」
「うっ、ば、バレた……お兄ちゃん助けて……」
日向が「ううう……」とテーブルに突っ伏したので、みんな笑った。
でも、無理をして妹から離れようとしなくてもいいのかなと思った。大人になれば別々に暮らすことになるだろうし、今はまだこのままでもいいのかもしれない。みんなで勉強をしながら、そんなことを考えていた。
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