第108話「離れても」

 土曜日、今日はバイトも休みをとって、僕はやりたいことがあった。そのために今駅前で人を待っている。ここまで言うとパソコンを買いに行った時と全く同じだが、木下くんではない。待っている人というのは――


「……ご、ごめん、ちょっと電車が遅れてて。待たせたかな」

「ううん、大丈夫だよ。じゃあちょっと歩くけどうちまで行こうか」


 そう、相原くんと待ち合わせをしていた。今日は僕の家でパソコンを使って、ビデオ通話をしてみようと思ったのだ。相手はもちろんジェシカさんだ。昨日のうちにジェシカさんにビデオ通話がしたいとメールを送ると、『うん、分かった、楽しみにしてるね!』と返事が来た。メールではよく話すが、直接顔を見るのはあの修学旅行以来なので、僕も楽しみだった。


「……日車くんの家、今日は誰かいるの?」

「ああ、妹がいるよ。母さんは休日出勤になってしまっていないけど」

「……そっか、日車くんの妹さん初めて会うな」

「ちょっとうるさいかもしれないけど、我慢してもらえるとありがたいよ」


 そんなことを話しながら、僕の家に一緒に帰って来た。玄関を開けて「ただいまー」と言うと、奥からパタパタと日向がやって来た。


「お兄ちゃんおかえりー、あ、はじめまして、日車日向と言います」

「……あ、は、はじめまして、相原です……」

「相原くん、どうぞ上がって。ちょっとパソコン取って来るね」


 相原くんが「……お、おじゃまします」と言って家に上がった。二人で僕の部屋に行ってパソコンを取り出す。


「……ひ、日車くんの妹さん、小さくて可愛いね……」

「そう? 本人に言ったら喜ぶと思うよ」

「……あ、いや、それはできない……」


 パソコンを持って二人でリビングに行く。テーブルでパソコンを開いて、ログインして通話アプリを立ち上げ、メールを確認する。日向も画面を覗いてきた。ケアンズと日本は一時間の時差なので、ケアンズで三時、日本で二時に始めましょうとメールを送っていた。一応準備できましたとメールを送っておくか。

 五分くらい待っていると、通話アプリの方にメッセージが届いた。ジェシカさんからだ。『ハロー、大丈夫だよ』と書いてある。


「じゃ、じゃあ、通話ボタン押してみようか……」

「……う、うん」


 僕と相原くんが同じように唾を飲み込んだ。通話ボタンを押すと、すぐに映像と音声がつながった。画面にジェシカさんが映っている。


『ハーイ、ダンキチ、シュン、久しぶり!』

『あ、こ、こんにちは、お久しぶりです』

『……こ、こんにちは』

「わ、お、お兄ちゃんと相原さん、え、英語で話してる……!」

『あれ? 女の子がいるね、ダンキチのガールフレンドとは違うような?』

『あ、僕の妹で、日向と言います』

『ワオ! ヒナタちゃんね! はじめまして、ジェシカと言います』


 ジェシカさんが嬉しそうに手を振っている。


「日向、ジェシカさんが自己紹介したから、話しかけてみて」

「え!? わ、私英語なんて話せないけど……」

「大丈夫、自己紹介なら一年生で習っただろ?」

「あ、う、うん……」


 日向は唾を飲み込んで、ゆっくりと、


『こ、こんにちは、私の名前は日車日向です』


 と、英語で話した。


『オー、ヒナタちゃん、発音バッチリだよ! 自信持って! それにしても可愛いね、妹にしたい!』

「お、お兄ちゃん、今何て言ったの? 私の名前が聞こえたけど……」

「発音がバッチリだってさ、あと可愛いから妹にしたいって」


 僕が説明すると、日向が嬉しそうに『あ、ありがとうございます!』と言った。


『メールでは話しているけど、ダンキチもシュンも、元気だった?』

『あ、はい、元気にしてます』

『……俺も元気です』

『そっかそっかー、あ、シュン、告白してくれてありがとうね。私嬉しかった。あれから三人で撮った写真をずっと見ててね、また会いたいなぁって思ってたよ』

「……ひ、日車くん、ごめん、今何て言ってた? 俺の名前聞こえたけど……」

「あ、告白してくれてありがとう、嬉しいって。また会いたいなって言ってたよ」


 僕の翻訳を聞いて、相原くんは大急ぎでスマホで英語を調べて、


『……あ、や、やっぱり俺、ジェシカさんが好きです。俺も会いたいです』


 と、顔を赤くして言った。


『シュン、ありがとう。とっても嬉しい。私もシュンが好きです』


 今のは相原くんにも分かったようで、相原くんは顔を真っ赤にして「……あ、う、うん……」と言っていた。


『ふふふ、私が日本に行く理由がまたできて、とっても嬉しいよ。早ければ今年の夏くらいに行けるかも!』

『あ、そうなんですね、日本に来てくれたら案内します』

『ありがとう! ダンキチとシュンがいるから、全然怖くないよ! 美味しいもの食べたいなぁ、スキヤキ? テンプラ? スシ?』

『あはは、よく知ってますね、美味しいものいっぱいありますよ』

『うんうん、色々日本のこと調べてるんだ。あ、日本語も少し覚えたよ! コンニチハ、イラッシャイマセ、ハイヨロコンデ!』


 あ、あれ? 日本語を覚えたって、どんなところを見たのだろうか。ま、まぁいいか。


「……あ、ジェシカさんが日本語話してる」

「お、お兄ちゃん、日本語話してたけど……」

「うん、日本のことけっこう調べてるみたい。ど、どんなところを見ているのかすごく気になるけど……」

『ふふふ、ヒナタちゃんにも、ダンキチのガールフレンドにも会いたいなぁ。あ、ガールフレンドは何て名前だったっけ?』

『あ、え、絵菜と言います』

『オー、そうだった、エナちゃんだね! 金髪で可愛いよね、あれは染めてるの?』

『あ、はい、中学生の頃から金髪に染めているらしいです』

『そっかそっかー、みんな可愛いなぁ、抱きしめたくなるなぁ』


 な、なんだろう、高梨さんといいジェシカさんといい、美人は年下の女の子を好きになるのだろうか。あ、でも全員じゃないな。


『とにかく、絶対に日本に行くから、待っててね!』

『はい、会えるのを楽しみにしてます』

『……お、俺も早く会いたいです』


 また相原くんの顔が真っ赤になっていた。久しぶりにジェシカさんの顔が見れて嬉しかったのだろう。たくさん笑っていた。

 しばらく四人で話していた。ジェシカさんも嬉しそうだ。相原くんも日向もスマホを片手になんとか話していた。早ければ今年の夏くらいに日本に行けるとのことだが、たぶんあっという間なんだろうな。楽しみが一つ増えた僕たちだった。

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