第107話「親友と」

 ある日、僕は生徒会の仕事を終えて、図書室で本を読んでいた。

 あの委員長会議からちょっと気になってたまに図書室を利用するのだが、今日はみんな静かに本を読んだり勉強をしたりしているようだ。『図書室では静かにお願いします』という貼り紙と生徒用ホームページでのアナウンスがよかったのかもしれないなと思った。

 しかし今日はなぜ生徒会が終わって帰らなかったかというと、ある人の部活が終わるのを待っていたのだ。それは――

 

 トントン。

 

 しばらく本に夢中になっていると、肩を叩かれた。振り向くと火野が笑顔で立っていた。僕は本を片付けて火野と一緒に図書室を出る。


「おっす、お疲れー、すまんな待たせてしまって」

「お疲れさま、いやいや、生徒会の仕事もあったし、本も読みたかったからちょうどよかったよ」

「そっかそっか、じゃあ行こうか」


 そう、火野を待っていたのだ。実は昨日火野が、『母さんが焼肉食べ放題の無料券を二枚くれたんだけどさ、一緒に行かねぇか?』とRINEを送ってきたのだ。焼肉屋は駅前からちょっと歩いたところにある。一瞬いいのかなと思ったが、火野の誘いをありがたく受けることにした。


「それにしても、高梨さんじゃなくて僕でよかったのか?」

「ああ、たまには男同士で飯行くのもいいなと思ってさ。優子とはまたそのうち行けばいいし」


 火野が笑顔で言った。たしかにこうやって火野と二人で出かけるというのはかなり久しぶりのような気がした。今は絵菜や高梨さんなど、他に誰かがいることが多いのだ。もちろんみんなで遊ぶのも楽しいが、たまには男二人というのもいいだろう。

 二人で歩いて焼肉屋にやって来た。肉が焼けるいいにおいが外までする。中に入ると「二名様ですねー、こちらにどうぞー」と案内された。火野が無料券を店員さんに見せると、「ありがとうございますー、こちら百分の食べ放題になりますー、ドリンク代は別となっておりますー、ご注文の際はそちらのタッチパッドからお願いしますー」と言われた。


「なるほど、ドリンク代だけ払えばいいのか。あーさすがに腹減ったぜ、どんどん頼もうぜ」


 メニューを見ながら火野がカルビ、ロース、ハラミ、ホルモンなど、たくさん入力した。すぐにお肉が運ばれて来る。網の上にどんどんお肉を投入する。男同士なのでこのくらい大雑把でいいのだ。


「おっ、焼けてきたな、団吉遠慮するなよ、じゃんじゃん食ってくれ」


 火野がトングで僕のお皿にお肉をどんどん入れてくる。火野はこういうところで仕切る力があったのか、付き合いは長いが意外な一面を見た気がした。

 二人でホルモンとハラミをいただく。うん、味がしっかりしていて美味しい。肉の厚みもそこそこあった。


「……それにしても、俺らも変わったよな、まさか二人とも彼女ができるなんて思わなかったぜ」


 火野がお肉を焼きながらぽつりとつぶやいた。たしかに、女の子にモテる火野はまだしも、僕に彼女がいるなんて、中学生の時の僕に言っても信じてもらえそうになかった。僕はいつも笑われバカにされて、人と接するのがとても億劫になっていた。女の子と話すのも緊張して上手く話せないでいた。

 でも、僕は絵菜という大事な人ができた。絵菜は僕のことも笑うことなく、いつもそばにいてくれた。そして火野や高梨さんなど、よく話したり遊んだりする友達も増えた。僕はそれがとても嬉しかった。


「……ああ、火野は女の子にモテるから、そのうちいい人が現れるんだろうなとは思っていたけど」

「ま、まぁ、告白は受けていたんだけどさ、自分から誰かを好きになって、告白までするとは思わなくてさ。団吉は知ってると思うが、中学生の時も付き合った子がいたけど、一瞬でフラれてしまってさ……それからちょっと恋愛に対して自信がなかったのかもしれない」

「ああ、そうだったのか。ちょっと意味合いは違うけど、僕たち似たところがあるのかもしれないな」

「ああ、そうかもしれねぇ。しかし団吉もほんとに変わったよな、前にも話しかけたけど、中学の頃は隣の席の女の子ともうまく話せなかったのに」

「あはは、そうだね、あんな僕がこんなに女の子と話しているなんて、自分でもびっくりだよ」


 火野がカルビやロースやウィンナーをどんどん焼いていく。なんかさっぱりしたものもほしいなと言って、サラダも注文した。


「そっか、団吉もいつの間にかモテるようになったもんなぁ、何か心当たりあるか?」

「う、うーん、それが何もないんだよね……あ、いや、モテてるという自覚もないけど……」

「いやいや、団吉のこと好きな女の子は多いと思うぜ。その中から団吉は沢井を選んだんだ。俺は二人がずっと仲良しでいてくれるといいなーと思ってるよ」


 火野が笑顔で言った。ちょっと恥ずかしかったが、僕は嬉しくなった。いつも一人でいた頃から、火野だけは笑うことなく僕に接してくれた。それは本当に感謝している。火野がいなかったら僕はもっと孤立していたに違いない。


「ありがとう、火野も高梨さんとずっと仲良くな。もう高梨さんに不安な思いさせるなよ」

「お、おお、あの時はマジで焦ったぜ……でも、そこでも団吉が助けてくれたしさ、感謝してるぜ」

「いやいや、僕も火野には助けてもらってるから。本当に感謝してるよ……って、なんか直接言うの恥ずかしいな」

「あはは、似た者同士っつーことで、これからもよろしくな。あ、肉焼けてるぜ、どんどん食ってくれ」


 火野がまた僕のお皿にお肉をどんどん入れてくれた。うん、カルビやロースも美味しい。


「そうだ、最初の頃を思い出すじゃねぇけど、また四人で遊びに行かねぇか? 初めて四人で行ったのがカラオケだったよな、久しぶりにカラオケってのも面白いかもな」

「そうだね、行こう行こう。なんかあの時を思い出しそうだ」


 僕が初めて行ったカラオケのことを思い出して少し笑うと、火野も笑った。

 僕たちは二人で焼肉を楽しんだ。誘ってもらったお礼に僕はドリンク代を出すことにした。火野は「え!? あ、すまねぇ……」とちょっと申し訳なさそうな感じだったが、これくらいはさせてくれ。

 たまには男同士で話すのも楽しいなと思った。火野がいてくれてよかった。これからも二人で仲良く過ごしていきたい。

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