第105話「先輩」

 ある日、僕は絵菜と一緒に帰ろうと思って、六組の前の廊下で待っていた。

 あ、そういえば六組も席替えがあったんだな、絵菜は廊下側から二列目の後ろから二番目になっていた。なるほど、けっこう後ろの方なのか。

 廊下に近いので、絵菜を見ているとふと目が合って、ニコッとしていた。その後こっちをじーっと見てくる。せ、先生の話聞いてるかな。

 六組も終わって、絵菜が急いで出てきた。


「ご、ごめん、待たせてしまって」

「ううん、お疲れさま、え、絵菜がずっとこっち見てるから、ちょっと色んな意味でドキドキしてたよ」

「ふふっ、団吉見てた方が楽しくて、つい。今日は一緒に帰れるのか?」

「うん、今日は生徒会もないから、一緒に帰ろうと思って。あ、そうだ、駅前の本屋に寄って帰ってもいいかな? 新しい本が出たみたいで」

「うん、じゃあ駅前に行こ」


 絵菜と一緒に駅前へ歩いて行く。絵菜は僕がプレゼントしたマフラーを使ってくれていた。うん、似合っていて可愛い。

 二人で話しながら駅前の本屋に行こうとしたその時だった。


「――あれ? 沢井?」


 後ろから声をかけられた。振り向くと知らない女性が三人いた。


「――っ!!」

「やっぱり沢井じゃん、久しぶりだな」


 真ん中の髪の長い女性が言った。絵菜のことを知っているのか? あれ? この人たちどこかで見たことあるような……。


「金髪、やめてなかったんだな、まぁそれでこいつも沢井だって気づいたんだろうけど」


 左のショートカットの女性が言った。やはり絵菜のことを知っているようだ。その絵菜を見ると、さっきまでの笑顔が嘘のように眉間にしわが寄っていた。そこで僕は過去の記憶がよみがえってきた。こ、この人たち、もしかして――


「あ、キミ、あの時割って入ってきた男の子だよね、そっか、今も一緒にいるのか」


 右のセミロングの女性が言った。そうだ、思い出した、この人たちは絵菜を殴っていた、あの上級生だ。絵菜が少し震えているように見える。ま、まずい、ここは僕が何か言った方がよさそうだ。僕は絵菜の前に出た。


「あ、あの、絵菜に何か用ですか……?」

「あ、いや、たまたま沢井っぽい人を見つけたから、声かけただけだよ。あ、でも会ったのならちょっと二人に謝りたいな……そこの喫茶店に行かないか?」

「……え?」


 僕と絵菜がきょとんとしていると、左と右の女性から、「ほらほら、行こうよ」と背中を押された。あ、あれ? どういうこと……?



 * * *



「ほんっとーーに、ごめん!!」


 喫茶店に入り、とりあえずみんな注文を済ませた後、真ん中の女性がそう言って頭を下げた。続けて左と右の女性も「ごめん!!」と言い、頭を下げた。僕はびっくりして絵菜の方をチラリと見ると、絵菜もどうしたらいいのか分からないような表情をしていた。こ、ここは僕が話した方がよさそうだな。


「え、いや、あの、頭上げてください……」

「いやー、高校卒業してからもずっと気になってたんだよね、沢井にもキミにも悪いことしたなって。金髪だからって絡んでさ、私も若かったなーと思うよ」


 い、いや、高校卒業して一年も経ってないから、今も十分若いですよと言いたくなったが、口に出すのはやめた。


「あの時は粋がってたけど、卒業が近づいてくるとこのままじゃいけないなって思うようになってね、サボってた勉強も頑張ったし、派手な格好もしなくなったのさ。おかげでなんとか専門学校に行ってるけど、あの時のことをふと思い出すことがあってね。私たち何してたんだろって」

「そ、そうなんですね……」

「うん、やってしまったことはなかったことにはできないけど、こうして謝ることならできるよなって。まぁ、許してもらえないかもしれないけど」

「そうそう、あの時キミにも叩いたり蹴っちゃったりしたよね、ごめんね」

「あ、いや、さすがに殴られるのに慣れてないから痛かったけど、僕はそんなに気にしてないというか……え、絵菜はどう?」


 絵菜の方を見ると、少し俯いていた。話すのは難しいかなと思ったが、


「……わ、私も、もう過去のことだし、そんなに気にしてないというか……ま、まぁ、パッと見目立ってたのは間違いないし……」


 と、ぽつぽつとつぶやいた。


「そっか、でも目立ってるからって殴ったりするのはやりすぎだよな。本当に反省してる」

「うんうん、沢井はどうしてるんだろうなって、よく三人で話してたよ。金髪はやめないのか?」

「……あ、ああ、今のところやめるつもりはない……かな」

「そっか、まぁそれでもいいよな、あの高校自由にできるしな、沢井の思うようにやればいいさ」

「あ、ああ……」

「……おっと、ごめん、私たち用事があるから行かないと。それじゃあ二人とも仲良くね。あ、ここはおごるから」

「え!? あ、いや、さすがにそれは……」

「いいのいいの、私バイト代入ってちょっぴりお金持ちだからさ。先に払っておくから、二人でゆっくりしていって」


 三人が「じゃあねー」と言って手を振りながら出て行った。


「な、なんか、謝ってくれたね……え、絵菜、大丈夫?」

「う、うん、ちょっとびっくりしているというか……でも、嫌な気分ではないかも」

「そうだね、あの人たちも気にしていたみたいだし。ぼ、僕はまた殴られるんじゃないかとドキドキした……」

「ふふっ、でも団吉はまた私のことかばってくれたな、ありがと」


 絵菜がそう言って僕の手をそっと握ってきた。


「あ、なんかとっさに絵菜の前に出たけど、実はちょっと震えてたかもしれないよ」

「ふふっ、嬉しい。でもあの三人も金髪とかやめてたな……私もこの金髪やめた方がいいのかな……」

「え、あ、絵菜は似合ってるし、そんなに無理して変えなくてもいいんじゃないかな」

「ありがと、団吉がそう言うなら、もう少しこのままで。でも私がいきなり黒髪になったら、真菜は天国に行きそうだし、杉崎は空飛びそうだな」

「あはは、たしかにみんなびっくりするだろうね。そういえば絵菜、また髪が伸びてきたね」

「うん、また切ろうかなって思いつつ、どうしようかなって迷ってる」


 なるほど、黒髪の絵菜か、どんな感じなんだろう。見てみたい気もするが、今までずっと金髪だったので、うまく想像できなかった。

 とにかく、あの時のことは謝ってもらえてよかったなと思った。まぁ、あれも一つの思い出かと、僕と絵菜は懐かしい気持ちになっていた。

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