第104話「迷いと不安」

 みんなで進路の話をした日の放課後、僕は絵菜と一緒に帰ろうと、六組の前の廊下で待っていた。

 今日はなんだか絵菜が元気がなかった。そのことが気になっていたので、ちょっと話してみたいなと思ったのだ。

 しばらく待っていると、絵菜と杉崎さんと木下くんが出てきた。


「おっ、日車お疲れー、姐さん待ちか?」

「お疲れさま、うん、一緒に帰ろうと思って待ってたよ」

「ひ、日車くんお疲れさま、あ、そうだ、明日借りてた本持ってくるね、ありがとう、面白かったよ」

「ああ、いえいえ、あれ面白いよね、続編が出ないかなぁと思ってるけど」

「なんだなんだ、本の話かー? あたしも大悟がおすすめしてくれたラブコメ読んでみたらマジ面白くてさー、小説もいいもんだなー」

「おお、そうなんだね、うん、本読むのもたまにはいいよね」

「ああ、マジハマってしまうかもーなんちって。じゃああたしたちは帰るねー、また明日なー」


 杉崎さんと木下くんが手を振りながら帰って行った……のだが、やはり絵菜の元気がないような感じがした。今日のことを気にしているのだろうか。


「ぼ、僕たちも帰ろうか」

「うん……」


 口数は少なかったが、校門を出ると絵菜がそっと手を握ってきた。よかった、怒ったり嫌われたりしているわけではなさそうだ。


「あ、あの、絵菜、ちょっと話したいことあるから、うちに寄ってくれないかな?」

「あ、うん……」


 ちょっと強引過ぎたかな? まぁいいや。二人で一緒に僕の家に帰る。玄関のドアを開けると母さんの靴があった。そうだ、たしか今日はリモートワークで家にいるんだった。いつもより遅く起きていいということで油断した母さんは寝坊したのだ。


「おかえり団吉……って、あらあら、絵菜ちゃんいらっしゃい」

「あ、こ、こんにちは……」

「ただいま、あ、絵菜上がって。母さん、ちょっと鞄置いてくる」

「はいはい、私もちょっと休憩しようかなー、疲れちゃったわ」


 絵菜が小さな声で、「お、おじゃまします……」と言って上がった。僕と絵菜は一緒に僕の部屋に行く。鞄を置いて制服はどうしようかと思っていると、絵菜が突然後ろから抱きついてきた。


「え、絵菜……?」

「……ごめん、ちょっと元気がなくて。くっついたら元気出るかなと思って」

「そっか……もし違ったら申し訳ないんだけど、昼休みのこと気にしてる?」

「……うん」

「なるほど……絵菜は私なんて何もしてないって言ってたけど、そんなことないよ。勉強だって頑張ってるし、こうやって僕のそばにいてくれるし、僕はとても感謝してるよ」

「う、うん……」

「うんうん、それに将来のことは僕もまだ分からないことも多いし、大島さんも言ってたけど、これからやりたいことが見つかるかもしれないよ。たしかに不安になるのも分かるけど、あまり考えすぎないようにね」

「……うん、でも、団吉は卒業したら大学行くし、私は団吉が行くような大学には行けないし、離れ離れになってしまうって思ったら、急に寂しくなって……ごめん、私変なこと言ってる……」


 絵菜がぎゅっと僕に抱きつく。そうか、絵菜は僕よりさらに先のことを考えていたのか。たしかに絵菜と一緒の大学や専門学校に行けると嬉しいけど、さすがにそういうわけにはいかない。自分のやりたいことや学びたいことがあって、進学や就職という選択肢があるのだ。そうなると絵菜とずっと一緒というのは無理だ。絵菜が寂しいと思う気持ちが分かった。


「そっか……ううん、全然変なことじゃないよ。絵菜は僕よりもさらに先のこと考えてたんだね」

「そ、そうかな……」

「うん、絵菜の気持ちが分かったよ。たしかに離れてしまうのは僕も寂しいけど、ずっと離れているわけじゃないよ。RINEも電話もするし、会いたくなったらすぐ飛んでいくし」

「う、うん……」

「離れていても、絵菜を想う気持ちは変わらないよ。あ、そうだ、人生の先輩にちょっと聞いてみようか」

「え?」


 僕は絵菜の手をとって、一緒にリビングへ行く。母さんがクッキーを食べながらのんびりしていた。


「あら、二人とも仲が良いわね。クッキー食べない? 美味しいわよ」

「あ、うん、母さん、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

「ん? 何?」


 僕は母さんに今日のことを話した。将来について迷っていること、そして不安に思っていること。


「……そっか、二人ともそんなこと考えていたのね。たしかに離れてしまうのは寂しいわね。私もお父さんと出会ったのは高校の頃でね、その頃から付き合っていたんだけど、卒業して大学は違ったから、離れるのは寂しかったわ」

「あ、そ、そうだったんだね」

「なかなか会えなくて、一度私が寂しいって言ったら、夜中なのにお父さんは来てくれてね、嬉しかったわ。でもね、離れたことで分かることや、相手を想う気持ちが大きくなることもあるわ」

「そ、そっか……」

「うん、それに二人はまだあと一年以上あるでしょ、高校生活は楽しみなさい。それと絵菜ちゃん、進路が分からないというのもいいのよ。周りに流されたりしないように、自分でこれからじっくり考えるといいわ。どうしても迷ったら絵菜ちゃんのお母さんや、先生たちに聞いてみなさい。大人の意見で見えてくることもあるわ」

「は、はい……」

「ふふふ、ちょっと説教みたいになってしまったわね、それにしても、二人ともどんどん大きくなっていくわね、お母さん嬉しいわ。悩んだり迷ったりするのも青春よ。いっぱい迷うといいわ」

「そ、そうだね、とりあえずまだ卒業まで一年以上あるから、一緒に楽しめばいいのか……」

「そうそう、高校生活は一度きりだからね、あー二人を見てると私も高校生に戻りたいわ……って考えてしまうのも歳とった証拠ね、いやねー」


 たしかに、あれこれ悩んだり迷ったりするのも、当たり前なのかもしれない。きっとみんなそうだ。そうやってみんな大きくなっていくのだ。


「絵菜、気分はどう?」

「あ、な、なんていうか、ちょっとスッキリしたかも……落ち込む必要はないんだなって」

「ふふふ、絵菜ちゃんが落ち込む気持ちも分かるわ。まぁ難しいことはこれくらいにして、ジュース入れて来るわね」


 母さんがキッチンへ行く。絵菜は僕の左手をきゅっと握ってきた。そ、そういえば母さんはまだ仕事中だったのではないか? まぁいいか。

 絵菜が少し笑顔を見せてくれて、僕は嬉しかった。うん、色々悩んで迷いながら、絵菜と一緒に頑張っていけるといいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る