番外編第4話「苦悩」

(はぁ……なんだか疲れちゃったな)


 私は部屋で大きなため息をついた。色々あって疲れてしまった。

 この前の定期テストで私は一位になれなかった。「五位? どういうことだ!」とお父様には怒られてしまった。昔から勉強しろとは言わないが、テストの点数や順位には厳しいお父様だった。

 中学三年の時、オープンスクールに行って青桜高校の自由さに惚れた私は、「青桜高校に行きたいです」と両親に告げた。学区内にはさらにレベルの高い高校もあったが、お父様は「そうか、伶香が決めたことだ、反対はしない。でも行くのなら一番になりなさい」と言ってくれた。それから私は頑張って学年一位であり続けた。

 それなのに、簡単に落ちてしまった。原因はテストの一週間前に、ある男の子に告白されて、どうしたらいいのか分からなくなって勉強に手が付けられなかったからだ。結局お断りしたのだが、どうしてもその子が頭から離れなかった。嫌な気持ちになってないかな、私のこと恨んでたらどうしようと、考えてしまうのは負の感情ばかり。


(私なんかのどこがよかったのかな……勉強くらいしか取り柄がないのに)


 昔から同級生には避けられている気がした。九十九というめずらしい名字でからかわれることも多く、その度に冷たい態度をとってしまった。するとみんなは私から離れていった。いじめられたというわけではないけど、みんな無関心だった。

 そんな私に声をかけてくれる人がいた。慶太先輩だった。


「伶香さん、生徒会に入らないかい?」


 最初聞いた時、この人は何を言っているんだろうと思った。みんなから避けられている私が生徒会役員? できるわけがないと思った。

 でも、自分を変えるチャンスだと思うようになった。やっぱり一人は嫌だ。生徒会に入れば何かが変わる気がした。どうせやるなら一番になりたいということで、生徒会長を引き受けた。

 その生徒会という場所で、私は一人の男の子と出会った。名前は日車団吉。私が言えたことではないが、めずらしい名字と名前だなと思った。彼は私の名字も笑うことなく、


「う、うん、名前は僕もめずらしいから、むしろそれで笑われてきたからね。人の名前をバカにするのはよくないと思う」


 と、ハッキリと言った。そっか、日車くんなら私のことを分かってくれるかもしれないと思った。

 それから大島さんと天野くんとも出会った。みんなはハンバーガーショップやカラオケなど、私が知らないところも連れて行ってくれた。勉強以外は何も知らない私に対しても、みんなはバカにすることなく優しく接してくれた。

 そんな日車くんには彼女がいた。六組の沢井絵菜さん。見た目は金髪で化粧も少しだけしているみたいで、ちょっと怖そうだったが、今日初めてしっかりと話すことができた。日車くんと沢井さんに私が告白されたことを聞いてもらったのだ。沢井さんは、


「――九十九も一人じゃないから、大丈夫」


 と、私の目を見て言ってくれた。日車くんも友達だと言ってくれた。

 私は嬉しかった。なぜか日車くんの隣にいると居心地がよかった。大島さんがその度に慌てている気がするけど、実は大島さんも……いや、それは考えすぎか。

 もしかしてこれが恋なのかな……と思ったが、沢井さんという彼女がいる日車くんを本気で好きになるわけにはいかなかった。


(私も、恋をするなら日車くんみたいな人がいいな……)


 コンコン。


 ボーっと日車くんのことを考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。「は、はい」と言うと、弟の康介が入ってきた。


「姉ちゃんごめん、数学で分からないところがあるから教えてくれない?」

「あ、う、うん、いいよ、どこ?」

「ありがと、これなんだけど……」

「ああ、これは比例式だね、左辺と右辺をこうやって……」

「ああ、なるほど、分かった……って、姉ちゃん、学校の成績落ちたんだって?」

「え、あ、うん、聞いてたの……?」

「ごめん、聞くつもりはなかったんだけど、父さんの声が聞こえてしまって。何かあったの?」

「い、いや、何もないよ、私がボーっとしてたのがいけなかっただけ」


 康介はいい子なのだが、昔から私にずっとくっついていて、私に近寄る男の子がとにかく嫌いだった。中学一年生にもなったし、そろそろ姉から離れてくれてもいいような気がする。そんな康介に私が告白されたとは言えなかった。


「そっか、姉ちゃんが成績落ちるなんてめずらしくて、びっくりしたよ。あ、まさか男が言い寄ってきたとか……?」

「え!? い、いや、何もないよ、大丈夫」

「そっか、あ、でもそういえば花火大会の時、日車とかいう男がいたような……」


 突然康介の口から日車くんの名前が出て、私はびっくりしてしまった。


「え、あ、日車くんは生徒会の副会長だよ、前に話したでしょ」

「うーん、そうなんだけど、あいつと姉ちゃんがなんか近い気がするんだよなぁ……」


 な、なんだろう、まるで心を読まれているような、そんな気がした。昔から康介は男の子の気配に敏感だった。


「そ、そんなことないよ、せ、生徒会に男の子だったら天野くんもいるし、みんな仲良く頑張っているだけで……」

「そっか、まぁ、日車だろうが天野だろうが、姉ちゃんに近づく奴は俺が蹴散らすけどね!」

「い、いや、そこまでしなくていいから……」


 う、うーん、このままだと私に彼氏ができるのはずっと先のような気がしてきた。まぁ、そのうち康介も好きな女の子ができるだろうし、その時まで我慢すればいいか。そういえば日車くんにも妹さんがいた。挨拶がしっかりできる可愛い子だったけど、日車くんはもうちょっと兄離れしてほしいと言っていたような。今度また聞いてみようと思った。

 康介が部屋から出て行った後、私は生徒会役員のグループRINEにメッセージを送ることにした。またみんなで楽しい話がしたい。そうすればこの疲れも吹き飛ぶような気がした。

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