第89話「やっぱり」

「あ、あのー、日車さん……」


 ある日の数学の授業中、後ろの席から富岡さんが僕を呼んでいた。今は大島さんともう一人のクラスメイトが問題の解答を黒板に書いている。


「ん? どうかした?」

「あの、今大島さんが書いているとこ、日車さんは分かりましたか……?」

「ああ、三角関数のとこだね、うん、だいたいは理解できたけど」

「そ、そうですか、さすがですね……私さっぱり分からなくて……このままだとテストがまずいんじゃないかと……」

「そっか、うーんたしかにあそこはテストに間違いなく出るだろうなぁ……」


 そう、文化祭でみんな浮かれ気味だったが、今月は定期テストがある。僕もこれまでと一緒でいい成績を収めるためにも頑張っているところだ。


「……日車くん、俺も全然分かんないや」


 富岡さんと話していると、隣から相原くんも悲しそうな声を出した。


「お、おお、相原くんもか……そうだなぁ、じゃあ今日の放課後また勉強していく? 教えるよ」

「い、いいのですか……!? 日車さんも勉強があるのでは……」

「ううん、大丈夫、人に教えることで僕の復習にもなるからね、記憶に定着しやすいんだ」

「そ、そうですか、さすがです……! じゃあ、よろしくお願いします……!」

「……日車くん、よろしく、俺も頑張る」

「うんうん、今回もみんなで頑張って赤点は回避しないとね」

「ふっふっふ、日車くん、私の完璧な答え見てくれたかしら?」


 いつの間にか大島さんが戻ってきて、ニコニコしながら話しかけてきた。


「あ、ごめん、見てなかった、どれどれ……ほんとだ、完璧にできてるね」

「な、なんかまた上から目線でムカつくわね……ていうか、ちゃんと見ておきなさいよ!」

「えぇ!? ご、ごめん……あ、大島さんも今日の放課後勉強していく? 富岡さんと相原くんに教えようと思うんだけど」

「あ、そうなのね、ま、まぁ、日車くんがどうしても私に残ってほしいって言うなら残らないこともないわね」

「あ、ごめん、忙しいなら無理しなくていいよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、そこは『ははーっ、お願いします、大島様!』って言うところでしょ!」

「えぇ!? 大島様なんて言ったことないんだけど……お、お願いします……」

「ま、まぁ、日車くんがそこまで言うなら仕方ないわね、私も残るわ」


 な、なんだかめんどくさい大島さんが出たなと思ったが、口にすると怒られそうなのでやめておいた。



 * * *



 その日の放課後、僕たち四人は教室に残っていた。他に残っている人はいなかった。


「この四人が席近いと楽ね、机くっつけましょうか」

「あ、そうですね、よろしくお願いします……!」


 みんなでガタガタと机を動かしてくっつけた。僕の横に富岡さん、大島さんの横に相原くんがいることになる。


「あ、そしたら僕が富岡さんに教えるから、大島さんは相原くんに教えてくれる?」

「そうね、隣だからそれがよさそうね、分かったわ」

「……それはいいんだけど、日車くん、彼女が待ってるみたいだけど、大丈夫?」


 え? と思って廊下を見ると、絵菜がじーっとこちらを見ていた。しまった、絵菜に話すのを忘れていた。僕は慌てて廊下に出る。


「え、絵菜ごめん、今日はみんなに勉強を教えていくことになったよ」

「そ、そうなのか、いいな、私も教えてほしいくらいだ……」

「あ、そしたらまた一緒に勉強していく? 他に残っている人もいないし、入っても大丈夫だよ」

「う、うん、そうしようかな、団吉教えて……」

「うん、いいよ、じゃあ入ろうか」


 僕は絵菜を連れて教室へ戻った。


「みんなごめん、絵菜も教えてほしいと言ってるから、一緒に勉強していくことになった」

「ど、どうも……」

「あ、こ、こんにちは……! 日車さんの彼女さん……!」

「……どうも」


 どこか固くなる三人だった。


「あ、沢井さんも残るのね、ふーん、まぁ、私が教えてあげてもいいわよ」

「……団吉に聞くから、いい」

「す、ストーップ! 二人ともそのへんでやめておこう……あ、絵菜は僕の左隣に来て」


 絵菜のために僕の前の席を動かして、僕の横に来るようにした。

 しばらく今日の授業でやったところを中心に、数学の復習をしていた。絵菜のクラスも習っているらしく、うんうんと唸りながら色々と僕に聞いていた。富岡さんも相原くんも躓きながらもなんとか問題を解いていた。


「ふぅ、けっこう進んだわね、ちょっと休憩しましょうか」

「そうですね……あ、お聞きしたかったんですが、日車さんと沢井さんはどうやって仲良くなったんですか?」

「……あ、俺もそれ聞きたかった」

「え!? あ、何て言えばいいのかな、こうやって勉強教えたりして、だんだん一緒にいることが多くなって、一緒に遊びに行ったりして、それで仲良くなったというか……って、恥ずかしいな」


 さすがに一番最初のことは言えなかった。


「そういえば、日車くんと沢井さんにショッピングモールで会ったことがあったわね、あの時は本当に付き合ってなかったの?」

「あ、うん、あの時はまだ……そういえば偶然大島さんと会ったね」

「そっか、あの時強引にでも邪魔しておけばよかったかしら……ブツブツ」

「お、大島さん? なんかブツブツ言ってるけど……」

「……大島が邪魔したところで、私たちの気持ちは変わらないけどな」

「さ、沢井さん!? ま、まぁ、二人に何かあったら私が黙ってないけどね……ふふふふふ」

「……大丈夫、何もないから、大島は安心して」

「わ、わーっ、ふ、二人ともそのへんにしておこうか……あはは」

「……なんか、大島さんと沢井さんはあまり仲が良くないんだね」

「な、なんか、日車さんがいつも大変そうです……」

「う、うん、なぜかいつもこうなってしまう……」


 う、うーん、『仲良くするように努力する』と絵菜は言っていたけど、大島さんの接し方にも問題がある気がしてきた……とはいえ、二人のことをあまりとやかく言えないしなぁ。どうすればいいのだろうか。

 その後も絵菜と大島さんがぶつからないように気をつけながら、僕たちは数学の復習をしていた。うん、みんなだいぶ理解してきたのではないだろうか。今回のテストもなんとか赤点は回避してもらいたいところだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る