第86話「マフラー」

 土曜日、僕はバイトに行く前に、朝からスマホとにらめっこしていた。

 文化祭も無事に終わったということで、去年と同じく新たな問題と対面していたからだ。それは――


「お兄ちゃん、なんか難しそうな顔してるね、どうしたの?」


 日向が僕の顔を覗き込んで言った。そう、文化祭が終わったということは、絵菜の誕生日が近いのだ。今年の十一月十日は木曜日だった。

 去年はネックレスをプレゼントした。とても気に入ってくれたようで、二人で出かける時はいつもつけてくれている。


「ああ、絵菜の誕生日が近いから何かプレゼントを考えているんだけど、また迷っててな……」

「ああ! そういえば十日だったよね、去年はネックレスだったっけ」

「うん、ブレスレットも持ってるし、絵菜はピアスもしないし、アクセサリーはしばらくないかなぁと思ってるよ」

「うーん、そうだねぇ……あ、お兄ちゃん今日バイトだよね? 何時まで?」

「ん? 三時までだけど?」

「そしたらさ、また一緒にプレゼント探しに行かない? 私もお兄ちゃんとデートしたいしさ」

「え!? お前、デートなら長谷川くんとするべきだろ」

「健斗くんは健斗くん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよー、ねーいいでしょ?」


 日向がそう言って僕の右腕に絡みついてくる。彼氏がいるというのにちっとも兄離れしない妹だった。


「えぇ……まぁ、一緒に探してくれるならいいけど……」

「やったー! お兄ちゃんと久しぶりにデートだー! またショッピングモール行ってみる?」

「ああ、そうだな、あそこなら何かいいのがありそう」


 日向が嬉しそうに飛び跳ねている。あれ? そんな嬉しそうな妹を見るのも悪くないと思った自分がいるぞ? い、いや、少しは兄離れしないと長谷川くんにドン引きされるぞと思ったが、言わないことにした。



 * * *



 バイトが終わって、日向と一緒に隣町のショッピングモールへ出かけた。

 相変わらず日向はニコニコしながら僕の左手を握っている。こういうのも長谷川くんのためにもやめた方がいいのだろうか。でも絵菜は僕と日向が手をつないでいても笑うだけで嫌だとは言わないな。うーんと悩んでしまう僕だった。


「――お兄ちゃん? どうしたの?」


 日向に顔を覗き込まれて僕はドキッとした。こいつにはなぜか心を読まれる。気をつけておかねば……。


「い、いや、なんでもないよ」

「そっか、いろいろあるけど何がいいんだろうねぇ、逆に迷ってしまうかなぁ」


 たしかに日向の言う通り、色々なお店で色々なものが売っているから、僕と日向は迷っていた。うーん、アクセサリーはやっぱりやめよう、同じようなものを贈るのも変だし、他にも何かあるはず。


「うーん、朝も言ったけど、やっぱりアクセサリーはやめようと思うよ。それ以外で何かないかな……」

「そっか、うーんそうだねぇ……あ、ちょっとあそこの洋服のお店に入ってみない?」


 日向が指差す方向にあった洋服屋にとりあえず入ってみる。なるほど服か、でも女性の服なんて僕は全然分からなかった。まぁそこは日向が教えてくれるかもしれないな。


「服も悪くないと思うんだよねぇ、あ、このブラウス可愛いー」

「そ、そうか、僕は全然分かんないから、日向に頼ることになってしまうが」

「ふっふっふー、まかせなさーい、これから冬だからね、普段着にもできそうなこういうパーカーもいいと思うけど」


 日向が緑と白のパーカーを手にした。なるほど、普段使ってもらえるものの方がたしかにいいかもしれない。


「なるほど、まぁたしかにプレゼントするなら使ってほしいしな……」

「うんうん、ブーツや靴はサイズが難しいからパスするとして、上着ならいいんじゃないかなぁ……あっ、ちょっと待って」


 日向が何かを見つけたようで、そちらの方へ行く。いいものでもあったのだろうか。


「お兄ちゃん、マフラーっていうのもいいんじゃない? 冬に使うものだし。これ可愛いよ」


 そう言って日向は一つのマフラーを手に取った。赤と緑のチェック柄の可愛らしいマフラーだった。なるほど、たしかに冬場に使うものという点ではマフラーもありかもしれない。


「あ、なるほど、マフラーという手があったか。うん、たしかに普段使うし、これなら学校行く時も使えそうだな」

「そうだよねー、私もけっこうアリだと思うなぁ」

「いらっしゃいませー、お二人でデート中ですか?」


 店員の綺麗なお姉さんに話しかけられた。なんだろう、日向といると絶対に声かけられてる気がする。


「はい! デート中です!」

「なっ!? い、いや、こちらは妹で、彼女にプレゼントを探しているところで……」

「うふふ、いいなぁ、仲が良いんですねー、妹さんが手に持たれているマフラーは柄も人気ですよ。それかこちらの赤のマフラーとか」

「あ、なるほど……こっちも可愛いですね」

「どちらもワンポイントのファッションにもなって、いいんじゃないでしょうか」

「なるほど……うーん迷うな……あ、やっぱり妹が持っているマフラーをもらえますか?」

「はい、ありがとうございますー、プレゼント用にラッピングしておきますね」

「あ、ありがとうございます」


 可愛くラッピングされたマフラーを受け取って、僕と日向は店を出た。


「ありがとう日向、なんとか今年も決まってよかった」

「ふっふっふー、私がいてよかったでしょー、あ、ねえねえ、向こうもちょっと見ていい?」

「ああ、いいけどお金は出さないぞ」

「えー! 私にも買ってくれたっていいじゃーん」

「い、いや、お前は誕生日でもなんでもないだろ……自分のお小遣いで買えよ」

「うう……ねぇ、ちょっとでもダメ?」


 日向が僕の右腕に絡みつきながら言う。こ、こいつ、また狙ってやがる……!


「わ、分かったよ、その代わり、安いものだぞ」

「やったー! お兄ちゃん大好き!」


 日向がニコニコしている。絵菜へのプレゼントが買えたことはよかったが、僕はやっぱり妹に甘すぎるのだろうか。もう少し厳しくした方がいいのかも? まぁ、あまり考えすぎない方がいいのかもしれない。

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