第75話「模擬試験」

 土曜日、今日は予定通り学校で模試が行われている。全国統一模試というやつで、全国の高校生が同じ問題を解くみたいだ。しかし主要五教科のテストが一日で行われるため、夏休み明けのテストと同じでかなりきつい。しかし今後のためだ、我慢して受けなければいけないのだ。

 昼休みになり、僕はいつものように弁当を持って学食へ向かう。肩をトントンと叩かれたので振り向くと、絵菜がいた。


「団吉お疲れ……しんどいな……」

「お疲れさま、うん、けっこうしんどいね、でもまだ午後もあるから頑張らないと」

「うう、テストなんて誰が考えたんだろ……考えた奴殴ってやりたい……」

「え!? だ、ダメだよ、ほ、ほら、今日も一緒に帰るために頑張ろう?」


 きつそうな顔をする絵菜を励ましながら学食へ行くと、火野と高梨さんがテーブルに突っ伏しているのが見えた。


「お、お疲れさま、二人とも大丈夫?」

「おーっす……やっと午前中が終わった……しんどすぎて吐きそうだ」

「やっほー……マジできついねこれ……なんか生きる力を失いそう」

「ふ、二人とも元気出して……大人になるための試練なんだよ。あ、そうだ、あれから日向が長谷川くんに電話してたよ」

「おお、日向ちゃんもしかして好きだって言ったのかな?」

「うん、ちゃんと会ってからも言うつもりみたいなんだけど、待たせるのも悪いからって先に電話で気持ちを伝えたみたい。長谷川くんも『ありがとう』って嬉しそうだったって」

「そかそかー、日向ちゃんにもついにいい人が現れたんだねぇ。お姉さんとしては寂しいけど、恋をした日向ちゃんがさらに可愛くなって、より美味しそうになって……ふふふふふ」

「た、高梨さん心の声が……まぁ、兄としても嬉しいというか、なんというか」

「ふふっ、団吉と長谷川くんが初めて会うのも楽しみだな」

「そ、そっか、僕と会うこともあるかもしれないのか……なんか緊張するな、頭が良くて真面目な子とは聞いてるんだけど、実は逆でめっちゃチャラかったりしたらどうしよう……」

「あはは、『あ、お兄さんチーッス、俺日向と付き合ってる長谷川ッス~』みたいな感じで来たら、日車くんお怒りモードになりそうだねぇ」

「う、うーん、まぁ、チャラくてもいいところはあるはずだから、ちゃんと向き合わないとね……って、勝手に長谷川くんをチャラい人にしてしまった……」

「ふふっ、団吉はやっぱり優しいな」

「ああ、それに日向ちゃんが好きになった男の子だ、きっといい子に違いないぜ」


 絵菜が僕の家に来たり、僕が絵菜の家に行くことがあるように、そのうち長谷川くんも日向が家に連れて来ることがあるかもしれない。妹の彼氏と会う兄というのはどういう顔をしていればいいのだろうかと気になってしまった。


「な、なんかどういう顔して会えばいいのか分からないけど、まぁ連れて来たら話してみたいと思うよ」

「そうだな、あ、楽しい話してたのにまた模試のこと思い出して、気分悪くなってきたぜ……午後もあるとか鬼かよ……」

「うっ、陽くん言わないで~、今は忘れておきたい……」


 火野と高梨さんが同じように「ぐああ……」と言いながらまたテーブルに突っ伏したので、僕は思わず笑ってしまった。もう少し頑張るぞと、僕は気合いを入れ直した。



 * * *



 昼ご飯を食べ終わって、僕と絵菜は一緒に教室に戻っていた。


「はあ……午後も頑張ろ……団吉、今日は絶対に一緒に帰ろ」

「うん、模試が終わるのは同じ時間だからね、そんなに待つこともないだろうし」

「やあやあ、団吉くんと絵菜さんじゃないか!」


 急に名前を呼ばれたので振り向くと、慶太先輩がニコニコしながらこちらに来ていた。


「こ、こんにちは……」

「あ、慶太先輩こんにちは、三年生も模試があってるんですよね」

「ああ、受験前の全国模試だからね、けっこう重要なんだ。それにここのところ課外授業や模試が続いていて、さすがにこのボクでもきついなと感じることが多くなってきたよ」


 慶太先輩はあっはっはと笑いながらさらりと言った。そうか、三年生になると課外授業もあるし、模試も増えてくるのか。僕たちも来年は受けないといけない。火野と高梨さんが立てなくなりそうだなと思った。


「そんなことよりも、団吉くん、生徒会の仕事はどうだい? 慣れてきたかな?」

「あ、はい、初めての部長会議もまぁそれなりにできましたし、少しずつ慣れてきていると思います」

「そうかそうか! いや、実はボクは団吉くんを一番心配していたんだ。ああ、決して仕事ができないというわけではなくて、団吉くんはボクが見たところ優しくて責任感が強そうだから、何でも抱え込み過ぎるんじゃないかとね」


 慶太先輩は僕の目を見てしっかりと言った。や、やはりこの人の観察力はすごいなと思った。


「あ、ま、まぁ、他のメンバーも支えてくれていますし、今のところ無理はしてないんじゃないかと……」

「うんうん、優秀なメンバーが集まっているからね、お互い支え合っていくのが一番だよ。みんなにもよろしく伝えておいてくれたまえ」

「あ、はい、ありがとうございます」

「うんうん……それにしても」


 慶太先輩が急に僕から目をそらした。どうも視線が絵菜の方にある。な、なんだろう、嫌な予感がした。


「絵菜さんは今日も綺麗だね、こんなにも綺麗な人を目の前にして、ボクはドキドキしてしまうよ」

「え、あ、ありがとう……ございます……」


 嫌な予感が当たってしまった……! や、やっぱり慶太先輩は絵菜のことを気に入っている。絵菜はどうしていいのか分からずちょっと恥ずかしそうにしていたが、僕の手をきゅっと握ってきた。助けてほしいのかもしれない。


「え、絵菜……」

「おっと、申し訳ない、ボクは団吉くんからキミを奪おうとしているわけではないんだ。でもぜひボクとも仲良くしてもらえると嬉しい。あ、もうすぐ午後が始まるね、それではこのへんで失礼するよ」


 慶太先輩は手を振りながら三年生の教室へと行った。


「え、絵菜、大丈夫?」

「う、うん……で、でも、私あの人がちょっと怖い……」

「あ、そ、そっか、まぁ悪い人ではないんだけどね……いい人なんだけど、どうも絵菜のことを気に入ってるみたいで……」


 僕から絵菜を奪おうとしているわけではないと知って、ちょっとホッとした自分もいた。ま、まぁ、慶太先輩も悪気があるわけではないし、絵菜のことを好きだとしても、僕の方が絵菜が大好きだ。そこは自信を持とうと思った。

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