第73話「いい人」

 十月になった。だいぶ涼しくなってきたが、これからまた寒い冬がやって来るのかと思うと、冬が苦手な僕はちょっと憂鬱だった。

 あれから相原くんは頑張ってジェシカさんにメールを送ったらしい。事前に英語が間違っていないか僕も読んだのだが、相原くんの熱い想いが綴られていた。

 なんとかジェシカさんに伝わるといいなと思っていると、僕にもジェシカさんからまたメールが届いた。『シュンが告白してくれた。とても嬉しい。私もシュンが好きです。絶対に日本に行くね!』と書かれていた。僕はとても嬉しくなった。相原くんの想いが届いて本当によかった。

 あと、僕は絵菜との写真を送ったのだが、『ダンキチのガールフレンド、すごく可愛いね! 妹にしたい!』と書かれていた。な、なるほど、同じ金髪というところで惹かれるものがあったのかもしれないなと思った。

 今日も午前中の授業が終わり、いつものように弁当を持って学食へ行く。奥に絵菜と火野と高梨さんが座っているのが見えた。


「おーっす、お疲れー、いやー修学旅行は楽しかったなぁ」

「やっほー、うんうん、初めて海外に行ったけど、すごく楽しかったねぇ」

「お疲れさま、うん、すごく楽しかった。また行きたいなって思ったよ」

「そだねー、ファームステイ先に十二歳のミアちゃんと九歳のソフィアちゃんっていう女の子いてさー、あまりの可愛さに食べたくなったよねぇー、ふふふふふ」

「た、高梨さん心の声が……絵菜はたしか同じくらいの歳の子がいたって言ってたね」

「うん、私が金髪だからか、『私と髪が一緒だね、エナは地毛なの?』って聞かれた……慌てて『染める』って英語を調べて話したけど」

「な、なるほど、日本人は基本黒髪だからかな、そういえばファームステイ先の娘さんに絵菜の写真をメールで送ったら、『すごく可愛い、妹にしたい』って言ってたよ」

「そ、そっか、なんだか恥ずかしいな……」


 絵菜が恥ずかしそうにちょっと下を向いた。


「俺のとこも十歳の男の子いてさ、サッカーが好きって言ってたから中川も一緒にずっとサッカーしてたぜ。『すごい! ヨウとユウマは天才!?』って言われたなぁ」

「あはは、うちのサッカー部のツートップと一緒にサッカーできて、その子も嬉しかっただろうねぇ」

「ああ、最後お別れの時その子に泣かれてさ、俺も中川もジーンときてしまったぜ」


 僕もジェシカさんが寂しそうにしているのを思い出した。やっぱりお別れというのは寂しいものだ。


「やっぱり短い時間でも、一緒に過ごしたのはとてもいい時間だったよね」

「ああ、大人になったらまた行きたいなーって思ったぜ」

「そだねー、そのためには目の前のことをやっていかなきゃいけないけど、今度模試があるんだよねぇ、あー憂鬱になってきた」

「そうだった……土曜日なのに学校があるのか……」


 絵菜と高梨さんが同じようにどんよりしてしまう。そう、週末の土曜日に学校で模試を受けることになっている。大人になるためには避けて通れない道だ。


「そうだ……すっかり忘れてたぜ、あーせっかく修学旅行で楽しい思いしたのになぁ」

「み、みんな元気出して……大人になるためには仕方ないんだよ」

「そだね、乗り越えた先に素敵な大人への道があるんだもんねぇ、また頑張るとしますかー」


 楽しい思い出も大事だが、やらなければいけないこともたくさんある。僕たちは気合いを入れ直していた。



 * * *



 その日の五時間目は生物だった。僕が第一理科室に入ると、絵菜、大島さん、木下くん、杉崎さんがいるのが見えた。


「おっ、日車お疲れー、そういや修学旅行の最後の日楽しかったなー、やっぱ旅行っていったら男女が集まらないとなーなんちって」

「お疲れさま、うん、楽しかったね、な、なんか絵菜と大島さんは向こうでも相変わらずだったけど……」

「え、そんなことないわよ、でも沢井さんが日車くんに近すぎるのがいけないのよ」

「……大島もべったりだったくせに」

「わ、わーっ、ごめん、掘り返すんじゃなかった……二人ともそのへんで……あはは」

「な、なんか楽しそうだね、ぼ、僕も行けばよかった」

「そうだよー、大悟も来ればよかったのにー、いなくてちょっと寂しかったんだぞー」

「ご、ごめん、一緒の部屋の人とアイドルの話で盛り上がってて……あはは」


 あ、木下くんは杉崎さんとなら挙動不審にならずに話せているなと思った。あれ? よく考えてみると、僕と絵菜は付き合っている、木下くんと杉崎さんは付き合っている、ということは……?


「ん? 日車くん、私の顔に何かついてる?」

「い、いや、大島さんにもいい人が現れるといいなーと思って……」

「あはは、そうよね私にもいい人が……って、う、うるさいわね、言わないようにしていたのに……!」

「あ、ご、ごめん、センシティブな話題だったね……」

「い、いや、まぁ、そこまで気にしているわけではないわ、気にしないで」

「そういえば、大島の恋の話って聞かないよなー、美人なのにもったいないよなー、好きな人とかいないのかー?」

「え、あ、今はいないけど、私だって男の子好きになったことくらいあるわよ。でも自分の気持ちは言えなかったわ」

「そっかー、あ、大島は美人で勉強もできるから、逆に近寄りがたいって思われてるのかなー」


 そういえば、九十九さんも美人で勉強ができるから、近寄りがたいと思われているのではないかという話を思い出した。


「……大島は近すぎるのが問題だと思う」

「さ、沢井さん? 聞こえてるわよ、ま、まぁ、私は白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるって信じているからね」

「ダメだこりゃ、大島にいい人が現れるのはかなり先のような気がするなー」

「う、うん、か、かなり時間がかかりそうな気がする……」

「な、なんでそうなるのよ、ま、まぁ、私には日車くんがいるからいいけどね」


 大島さんはそう言って、僕の右腕に抱きついて来た。僕はまたドキッとしてしまった。


「お、大島さん!?」

「……ふふっ、実らない恋ってあるもんなんだな」

「さ、沢井さん!? な、なんか余裕があるのがムカつくわね……くっ、こんなはずじゃなかったのに……」

「大島、負けを認めよう、姐さんに勝てるわけないよ、あたしだって勝てないんだから」

「なっ、そ、そんなことないわよ、沢井さんに負けるもんですか……!」

「ひ、日車くん、腕引っ張られてるけど大丈夫?」

「うん、木下くん、助けてもらえると嬉しい……」


 大島さんがぐいぐい来たが、絵菜はいつもと違って余裕だった。な、なんだろう、自信がついたのだろうか。

 その後大島さんはショックだったのか、いつもより元気がないような気がした。うーん、ちょっとかわいそうだなと思った。大島さんにもいい人が現れてくれるといいのだが……。

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