第57話「準備」

「うーん、美術部の人に描いてもらったイラストを載せてみたけど、デザインはこんな感じでいいかしら……」


 絵菜の家に泊まりに行ってから数日後、僕たち生徒会のメンバーは学校に集まっていた。二学期に行われる初めての部活動部長会議と、その後の修学旅行のための準備を行っていた。

 今は修学旅行のしおりのデザインを考えていた。修学旅行は九月末に二年生が行く。場所はオーストラリアのケアンズだ。ここ数年はケアンズになっているらしい。僕も海外に行くのなんて初めてで、今からドキドキとワクワクが混じった不思議な気持ちになっている。


「うん、いいんじゃないかな、オーストラリアっぽい雰囲気出てるよ」

「うん、私もいいと思う」

「僕もいいと思います」

「そっか、じゃあこれでいこうかしら。このまま印刷所にお願いするから、一週間くらいでしおりが届くと思うわ」


 そう言って大島さんがポチポチとパソコンを操作している。パソコンか、僕もほしいなと思っていた。バイトで貯めたお金があるし、今度見に行ってみようかな。


「それにしてもオーストラリアかぁ、いいですね、僕も来年が楽しみだなぁ」

「うん、うちの高校が人気なのも修学旅行が海外だからなのかなぁ」

「それもあるかもしれないわね、でも一番は校則がかなり緩いところじゃない?」

「まぁたしかに、生徒の自主性を尊重する校風が人気なんでしょうね」

「わ、私大丈夫かな……日本でも知らないことがたくさんあるのに、海外なんて……」


 九十九さんが不安そうな顔をしていた。


「大丈夫よ九十九さん、うちの高校でも海外に行ったことある人なんてほんの少しじゃないかしら。みんな初めてだから不安もあるわよ」

「うんうん、僕も実はけっこうドキドキしてるよ。九十九さんは英語の成績もいいし、話せるんじゃない?」

「う、うん、英会話はなんとかできるけど……」

「それだけでも十分だよ、あとはみんなと一緒に楽しめばいいんじゃないかな」

「そ、そっか、たしか向こうで英語で挨拶しないといけないんだった。が、頑張らないと……」


 九十九さんがぐっと拳を握った。


「そういえばケアンズって気候的にはどんな感じなのでしょうか?」

「ケアンズは熱帯雨林気候だから、基本的には暖かいらしいわね、九月の気温見ても日本とあまり変わらないくらいみたい。そして乾季だから晴れの日も多いらしいわ」

「なるほど、乾燥しているのだったら日本みたいなじめーっとした暑さじゃなさそうだね」

「そうね、カラッと晴れて気持ちがいいかもしれないわね。私たちが行く時も晴れてくれるといいけど」

「晴れてくれるように日本からお祈りしておきますね。あ、そろそろお昼ですね、何か食べに行きますか?」

「あ、ほんとね、じゃあ今日はここまでにしておこうかしら。何食べようかな」

「あ、あの……わ、私、ハンバーガーが食べたい……ダメかな?」

「ああ、九十九さんまた食べたいって言ってたよね、じゃあハンバーガー食べに行こうか」

「よし、そうと決まれば行きましょう!」


 みんなで駅前のハンバーガー屋に行く……のだが、やはり緊張しているのか九十九さんの表情が硬かった。


「九十九さん、大丈夫? また一緒に注文しようか?」

「う、ううん、今度は一人で頑張ってみる……けど、隣にいてくれると嬉しい……」


 九十九さんはそう言って僕の手をきゅっと握ってきた。


「え!? あ、うん、分かった、隣にいるよ」


 九十九さんに手をつながれたまま、僕たちはハンバーガー屋に入る。


「いらっしゃいませー、店内ご利用ですか?」

「あ、は、はい、店内利用します……」

「かしこまりましたー、ご注文をどうぞー」


 ちょっとだけ九十九さんの手が震えているように感じた。僕は隣でそっと見守る。


「あ、あの、せ、セットで、このてりやきバーガーというものを……お願いします」

「かしこまりましたー、サイドメニューとドリンクはいかがなさいますかー?」


 店員さんに言われて、九十九さんがどこを見たらいいのか分からない感じがしたので、僕がそっとサイドメニューとドリンクの場所を指差した。


「え、あ、あの、ポテトと、お、オレンジジュースを、お願いします……」

「かしこまりましたー、以上でよろしいでしょうか?」

「あ、は、はい……」

「それでは五百円になりま――」


 店員さんが言い切る前に、九十九さんが片手で器用にシュバッと千円札を差し出した。


「九十九さん、カウンターの前で待ってて、僕も注文して来るよ」

「う、うん……」


 九十九さんがちょっと寂しそうに握っていた手を離した。僕も注文をして、二人でハンバーガーを受け取って先に席についていた大島さんと天野くんのところへ行く。


「九十九さん、今日は一人で注文できたね! すごいよ」

「おお、九十九先輩も少し慣れてきたんですかね!」

「う、うん、なんとかできたけど、日車くんがいてくれたおかげだよ」

「それはいいんだけど……なぜあなたたちは手をつないでいるのかしら?」


 大島さんがプルプルと震えながらそう言った。そう、九十九さんが僕の手をまた握って離してくれなかったのだ。


「あ、い、いや、これはなんというか、その……」

「日車くん、沢井さんに言いつけるわよ?」

「え!? い、いや、それだけは本当にやめてください、お願いします……」

「……沢井さんって、この前の花火大会の時の?」

「あ、うん、あの子だよ」

「そっか……いいなぁ、仲が良い子がいるって。私友達少なくて……なんか、みんな私のこと避けてる気がして。そんな私が生徒会長なんてできるのかなって」

「そんなことないと思いますよ、でも、もしかしたら勉強ができる九十九先輩を勝手に妬んでいる人がいるのかもしれませんね」

「そんな勝手な人は無視すればいいのよ。それに、私たちはもう友達よ」

「うんうん、僕たちがいるから大丈夫だよ、九十九さんも自信持っていいと思うよ」

「そ、そっか……ありがとう、嬉しい……」


 嬉しそうにハンバーガーを食べる九十九さん。そうか、九十九さんも思い悩んでいることがあるのだな。美人で勉強もできるというのは人の妬みを買ってしまうのかもしれない。

 でも、話してみるととてもいい人だというのは分かる。僕たちは九十九さんを支えてあげたいとそれぞれ思っていた。

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