第55話「ぎゅっと」

 しばらくテレビを見ながら談笑していると、お母さんが「みんな、お風呂湧いたからそろそろ順番に入ってくださいね」と言った。


「あ、お風呂の順番どうしましょう、またじゃんけんしますか」


 真菜ちゃんがそう言って、じゃんけんが始まった。結果、僕、絵菜、日向、真菜ちゃんの順番でお風呂に入ることになった。こういうところでのじゃんけんは勝てるのに、なぜ大事なところでは負けてしまうのだろうか。


「あ、団吉、タオルとかドライヤーとか教えるから」

「あ、うん、ありがとう、それじゃあ失礼して……」


 絵菜と二人でお風呂場に向かう。脱衣所で絵菜がタオルやドライヤーを準備してくれた。


「団吉、脱がせてあげようか?」

「え!? い、いや、それはまずいからやめておこうか……」

「ふふっ、慌てる団吉も可愛い。ゆっくり入ってきて」


 絵菜はそう言って脱衣所から出て行った。うう、絵菜がドキッとするようなことを言う……あれ? 前からそうかもしれない。

 かけ湯をして、ゆっくりと湯船につかってふと思う。


(こ、ここに絵菜が入っているのか……さ、さすがに裸は見たことないけど、も、もしかして将来見ることもあるのだろうか……その時は僕も見られたりして……僕は火野と違って筋肉もないしなぁ……)


 そこまで考えてハッとなった。ぼ、僕は何を考えているんだろう。うう、恥ずかしくなってきた。

 ゆっくりお風呂に入った後リビングに戻ると、女性四人が楽しそうに話していた。そういえばここでも僕は男一人だ。急に寂しさを感じてしまった。


「あ、団吉、ゆっくり入れた?」

「うん、ありがとう、ゆっくり入ってきたよ」

「そっか、よかった、じゃあ私入ってくる」


 そう言って絵菜がお風呂に行った。


「ふふふ、絵菜もちょっと落ち込んでいたみたいだけど、この前も花火大会楽しかったみたいだし、今日もこうやって団吉くんと日向ちゃんが来るから、楽しみにしていたみたいです。二人には本当に感謝しています」


 お母さんが笑顔でそう言った。そうだよな、父親を殴ってしまったのはやりすぎだったのではないかと、思うところがあったのだろう。


「あ、いえ、僕も絵菜さんにはいつも支えてもらっているので……」

「お兄様、お姉ちゃんも一緒ですよ、家でもお兄様の話すると、お姉ちゃん嬉しそうです」

「ふふふ、よかったねぇーお兄ちゃん」


 日向が僕の頬をツンツンと突いて来た。そ、そっか、嬉しそうにしてくれるなら僕も嬉しいというか。

 しばらく絵菜の話をしていると、絵菜がお風呂から上がってリビングに戻って来た。以前うちに泊まった時とパジャマが違う……って、冬と夏だから当然か。可愛らしくてドキドキしてしまった。


「あ、お兄ちゃん、絵菜さんに見とれてる~」

「なっ!? そ、そんなことないよ……」


 日向に言われて顔が熱くなってしまう。なぜ日向にはバレてしまうのだろうか……。



 * * *



 みんなお風呂から上がって、またしばらくテレビを見ながら談笑していた。しかしやっぱり女子トークについていくのが大変で、僕は押されっぱなしだった。うう、こういう時男一人というのは辛い……。


「遅くなってきましたね、そろそろ寝る準備しましょうか」


 真菜ちゃんがそう言ったので、ふと時計を見ると十一時を過ぎていた。


「あ、そうだね、でもやっぱり一日中一緒にいるのってなんか不思議な感じがするよ」

「ふふふ、お兄様、私もそう思っていました。あ、私の部屋で日向ちゃんが寝て、お姉ちゃんの部屋でお兄様が寝るということになっていますので」

「え!? い、いや、それは……」

「ふふふ、団吉くん、遠慮しなくていいんですよ、きっと絵菜もそうしたいだろうから」

「なっ!? あ、ああ、まぁ……」

「お兄様が襲ったりしないか、ちょっとドキドキですが……日向ちゃん、私の部屋に行こうか、それではおやすみなさい」

「うん、お兄ちゃん、襲っちゃダメだからね! おやすみなさーい」

「団吉、私たちも部屋に行こうか……」

「あ、う、うん、それじゃあ、おやすみなさい……」


 絵菜と一緒に絵菜の部屋に行く。相変わらず整理されていて綺麗な部屋だった。今日も一日中一緒にいたな……と思っていたら、後ろから絵菜がぎゅっと抱きついて来た。


「え、絵菜……?」

「ふふっ、最近あまりくっつけなかったから、寂しくてつい……でも嬉しい、また団吉とずっと一緒にいれて」

「う、うん、僕も嬉しいよ……」


 絵菜が僕の手を引いてベッドに腰掛けたので、僕も横に座る。またぎゅっと抱きついてきたので、僕もそっと絵菜を抱きしめる。う、嬉しいんだけど、心臓の方はドキドキしすぎて本当に大丈夫かと心配になった。


「なぁ、九十九と本当に何もないのか?」

「え!? な、何で……?」

「いや、なんとなく……私の勘かな、九十九が団吉に近い気がして」

「あ、いや、あの……た、たまーにそっと手を握られることがあるんだけど……九十九さんも僕を頼りにしているみたいで、でも、ほんとに何もないからね?」

「……そっか、団吉に頼りたくなる気持ち分かる。でも」


 絵菜が自分の唇を僕の唇に軽く重ねてきた。


「……今は私が団吉を独り占めしたい」

「そ、そっか、うん、僕も……ヤバいな、ドキドキがおさまらない……」

「ふふっ、また一緒に寝てくれないか?」

「え!? い、いや、それは……」

「お願い、ずっと団吉のそばにいたいから」

「そ、そっか……うん、じゃあ一緒に寝よう……」


 僕がそう言うと、絵菜がまた手を引いてベッドに横になる。僕も横になるが、絵菜のベッドもシングルベッドなので体のあちこちが絵菜に触れてしまう。絵菜のパジャマも薄いので、体のラインが分かるというか……や、ヤバい、心臓の音がハッキリと聞こえるようだ。絵菜にも聞こえてないだろうか。

 しばらく見つめ合っていると、絵菜がニコッと笑って体をさらに僕の方に寄せてくる。もうほとんどぴったりくっついているようなものだ。絵菜は僕の首に手を回して、またそっとキスをしてきた。冷房は入っているけど、顔と体が熱くてどうにかなりそうだった。


「……ぎゅって、抱きしめて?」


 絵菜が耳元でささやいた。僕は必死に平常心を装いながら、体をぴったりとくっつけて絵菜を抱きしめる。は、破壊力が半端ない……やっぱり僕の心臓が飛び出てしまわないかと心配になった。


「団吉、この前から色々ほんとにありがと、団吉がいてくれてよかった」

「ううん、絵菜も大変だったね、僕は絵菜を支えてあげられたかな」

「うん、ずっと大好きだけど、ますます団吉のこと大好きになった。今も嬉しすぎておかしくなってしまいそう」

「そっか、うん、僕も大好きだよ、ずっとドキドキしてる……」


 僕たちは眠くなるまで、ぴったりとくっついて見つめ合っていた。

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