第54話「絵菜の家で」

 週末の土曜日、今日と明日僕と日向は絵菜の家に泊まりに行くことになっている。

 昨日うちの母さんと絵菜たちのお母さんがまた電話で話していた。母さんは「ふふふー、日曜日に絵菜ちゃんたちのお母さんとランチ行ってくるわー」と、なぜかウキウキだった。ま、まぁ、仲良くなってもらうのはいいことかもしれない。

 リュックに着替えなどを入れて準備をしていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。「はい」と言うと、日向がニコニコしながら入ってきた。


「も―お兄ちゃん遅いよ! 早く行こうよ!」

「お、おう、なんかテンション高いな」

「そりゃそうだよー、また絵菜さんや真菜ちゃんと一緒におしゃべりしようと思って!」

「そ、そうか、勉強道具は持ったか?」

「うっ、一応入れたけど……勉強しなきゃダメ?」


 日向が僕の右腕に絡みつきながら甘えた声を出す。


「当たり前だ、真菜ちゃんも教えてほしいって言ってただろ、一緒に勉強するんだよ」

「ううー、お兄ちゃんのケチー。あ、お母さんがこれ持って行ってって渡してきたよ」

「お、ワッフルか、じゃあこれ持ってそろそろ行くか」


 母さんに「お邪魔になりすぎないようにねー、いってらっしゃーい」と見送られ、僕と日向は絵菜の家まで歩いて行く。余程楽しみなのか日向は鼻歌を歌いながら僕の手を握ってくる。もう完全に恋人同士だよねこれ。


「……チッ」


(……今通りすがりの男の人に舌打ちされなかった!? あれ? 前にもこんなことがあった気がする)


 暑い中歩いて、絵菜の家に着いた。そっとインターホンを押すと、「はい」と聞こえてきたので、「あ、こんにちは、日車です」と言うと、「まあまあ、お兄様、ちょっとお待ちください」と聞こえてきた。そっか真菜ちゃんだったか。

 すぐに玄関のドアが開いた。絵菜と真菜ちゃんが迎えてくれた。


「い、いらっしゃい……って、二人ともほんとに仲が良いな」


 絵菜がそう言ってクスクスと笑う。そう、日向がつないでいた手を離してくれなかったのだ。


「あ、いや、これは日向が勝手に……」

「はい! お兄ちゃんとは仲良しです! ラブラブです! 相思相愛です!」

「だから誤解を招くような言い方やめてくれるかな!? って、このやりとり久しぶりだな!」


 僕と日向のやりとりに、絵菜も真菜ちゃんも笑った。


「まあまあ、外は暑かったでしょう、どうぞ上がってください」


 絵菜と真菜ちゃんに促されて、僕たちは家の中に上がった。リビングに案内されると、お母さんがジュースを持って来てくれた。


「いらっしゃい、ゆっくりしていってくださいね」

「あ、すみません二人でお世話になります、あの、これワッフルです。ぜひ食べてもらえると嬉しいです」

「まあまあ、ありがとうございます、じゃあせっかくだしみんなでいただきましょうか」

「お兄様、おやつ食べたら勉強教えてくれませんか? 数学で分からないところがあって」

「あ、団吉、私も数学で分からないところがある……」

「あ、うん、いいよ、それじゃあ日向も勉強な」

「えぇ!? わ、私は遠慮しておこうかなーなんて……あはは」

「遠慮するんじゃないよ、ちょっとは真菜ちゃんを見習えよ、数学やるんだからな」

「ううー、お兄ちゃんのケチー、バカー」


 ぶーぶー文句を言う日向を見て、みんな笑った。

 みんなでワッフルをいただいた後、勉強会になった。三人ともそれぞれ数学を進める。僕は残っていた物理を進めながら三人の質問に答えていた。


「お兄様、この証明問題が分からないんですが……」

「ああ、これはこうして、こことここを……」

「ああ! 分かりました、お兄様さすがですね、分かりやすいです」

「団吉は数学の神だから、何でも教えてくれる」

「まあまあ! 神様か、カッコいいお兄様にぴったりですね」

「い、いや、二人とも神様のことは忘れようか……」


 真菜ちゃんは日向よりも数学ができるようだ。難しめの問題もちょっとコツを教えるだけでスイスイと答えを書いていく。その日向は「うーん、うーん……ダメだぁ! お兄ちゃん分かんない!」とすぐ投げ出してしまう。真菜ちゃんの集中力をちょっと分けてほしい。

 絵菜も途中躓きながらも、なんとか進めることが出来ている。うん、絵菜も数学はけっこう出来るようになったのはないか。

 みんなで勉強していると、お母さんが「絵菜、ちょっといい?」と、絵菜を呼んだ。僕はそのまま日向と真菜ちゃんに教える。


「まあまあ、みんな勉強して偉いわねー、もうすぐご飯ですよー」

「あ、もうこんな時間ですね、お兄様ありがとうございました、夕食の準備しますね」


 ふと時計を見ると、いつの間にかけっこう時間が経っていた。日向が「や、やっと終わった……」とヘロヘロになっている。こいつは本当に大丈夫だろうかと心配になった。

 みんなで片付けて、絵菜と真菜ちゃんが夕食の準備を手伝っていた。僕と日向はさすがに人の家で手を出すわけにもいかず、二人でそわそわしていた。テーブルに大きなハンバーグやから揚げやサラダやスープなどが並ぶ。


「ふふふ、いいお肉を使ったから、ハンバーグは美味しくなってるかも。さぁみなさん食べましょう」

「い、いただきます……あ、ハンバーグすごく美味しいです」

「ほんとだ! お母さんすごく美味しいです!」

「そう? よかったー二人に美味しいと言ってもらえて嬉しいです。あ、そうだ、明日団吉くんたちのお母さんとランチに行ってきますね」

「あ、うちの母も言ってました。すみません急に母が……」

「いいのいいの、私もいつか行きたいなーって思っていたんです。それで昼はいないけど、お昼ご飯は楽しみにしててくださいね」

「うん、団吉、日向ちゃん、楽しみにしてて」

「ふふふ、お兄様と日向ちゃんがビックリするかもしれないね」


 絵菜と真菜ちゃんが笑顔でそう言った。なんだろう、何かあるのだろうか? と思ったが、それ以上は聞かずに「うん、分かった」と言っておいた。

 夕食はどれも本当に美味しかった。絵菜と真菜ちゃんのお母さんも料理が上手なのだろう。お腹いっぱいになった僕たちはしばらくテレビを見ながら談笑していた。しかしこの後ドキドキさせられることを、僕はまだ知らなかった。

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