第48話「天野の想い」

 八月一日、この日僕は東城さんとデートをする約束をしている。

 駅前で待ち合わせにしたが、予定よりだいぶ早く着いてしまった。まだ東城さんは来ていないみたいなので、日陰のベンチに腰掛ける。

 デートに誘ったのは一学期だったが、東城さんがアイドルのお仕事が色々とあって忙しかったのもあって、今日になった。東城さんから返事のRINEが来た時は嬉しくて「よっしゃぁ!」と声が出てしまって、お母さんに「どうしたの!?」と心配された。さすがに恥ずかしかった。

 でも、よく考えると東城さんはアイドルだ。アイドルはよく恋愛禁止と聞く。本当はデートもできないのではないかと心配だった。

 ドキドキしながらベンチで待っていたその時だった。


「あ、天野くん! ごめんね遅くなっちゃった」


 急に声をかけられたので見上げると、東城さんがこちらを見てい――


「……あ、と、東城さん……?」

「う、うん、ごめんね、いつもとちょっと違うけど、笑わないでね」


 東城さんはセミロングくらいの髪の長さで、いつもは下ろしていて内側にくるんとしているのだが、今日は両サイドで結んでいた。あとサングラスのようなメガネをかけている。服装もワンピースで可愛らしくて、制服姿と違って僕はドキドキしてしまった。


「あ、い、いや、笑わないけど、その、いつもと雰囲気違うね……」

「うん、今日は『まりりん』ってバレないようにするためにこんな感じになっちゃった」

「そ、そっか、うん、に、似合ってて、可愛いよ……」

「あ、ありがとう……! 天野くんもカッコいいよ!」

「あ、そ、そうかな……ありがとう」

「うん! あ、今日はどこに行こうか?」

「あ、よかったら映画観に行かない? 観たい映画があって」

「うん、分かった! じゃあショッピングモールが近いかな、行こっ!」


 東城さんはそう言うと、僕の左手をきゅっと握ってきた……って、え、え!?


「え!? あ、う、うん、行こうか……」


 ヤバい、顔がめちゃくちゃ熱くなってきた。東城さんの手、僕より小さいんだな……そりゃそうか、僕の方が背も高いし、東城さんは女の子だ。


「そういえばさ、今日、で、デートしても大丈夫だったの? アイドルだからダメかなぁって思ったんだけど……」

「うん、私もダメかなぁって思って他のメンバーやマネージャーに聞いたら、『まりりんとバレないこと』というのを条件にOKが出たから。それ聞いた時は嬉しくて!」

「そ、そっか、よかった……」


 東城さんが笑顔で答えてくれた。う、嬉しいって言われたら、僕も嬉しくなるじゃないか……。

 ショッピングモールに移動して、二階の映画館に来た。僕が観たいと思っていた映画は、先日公開が始まった話題の長編アニメ作品だった。


「あれかぁー、私も観たいって思ってたよ!」

「そっか、よかった、もうすぐ始まるね、行こうか」


 ずっと手をつないでいたけど、さすがに観る時は無理だよな……と思っていたら、席に着いたらまた東城さんが僕の左手を握ってきた。え!? と思っていたら、東城さんが、


「今日は、ずっと天野くんの手握っていたいな」


 と、僕の耳元で小さな声でつぶやいた。うう、東城さん、すごくドキドキしてちゃんと映画観れるか分からないよ……。

 映画を観ている間も、ずっと左手には東城さんの温もりがあり、映画にドキドキしているのか東城さんにドキドキしているのか分からなかったが、映画は面白かった。やはり話題になっているだけあるなと思った。


「面白かったね! 途中ドキドキしたよー」

「うん、面白かったよ。あ、お昼過ぎてたね、何か食べに行く?」

「そうだね、んー……私たこ焼き食べたいかも!」

「そっか、じゃあフードエリアに行ってみようか」


 フードエリアに移動して、たこ焼きを一緒に買って席に着く。目の前に可愛い東城さんがいて、僕はなかなか直視できなかった。


「……あ、熱っ!」

「あ、もー天野くん慌てちゃダメだよ、ふーふーしてあげようか?」

「え!? い、いや、大丈夫……気をつけるよ」


 なんだろう、すごく恥ずかしくなってきた……で、でも、僕はどうしても聞きたいことがあった。聞くなら今だ、と思った。


「と、東城さん」

「ん?」

「その、あの……ひ、日車先輩のこと、今でも好き……なの?」


 僕の言葉を聞いて、東城さんは少しびっくりしたような顔をしたが、「んー……」と少し考えるような仕草を見せて、


「うん、好きなんだけど、恋心かって言われるとちょっと違うかも。団吉さんには絵菜さんっていう大事な人がいるし……そう、私にとっても団吉さんは大事な人だね」


 と、笑顔で答えてくれた。ちょっとだけ寂しそうな顔に見えたのは気のせいだろうか。恋心じゃないって言ったけど、きっと恋心を持っていた時期もあったのだろう。そんな日車先輩を超えることが僕にできるだろうか。


「そ、そっか……その、僕、日車先輩を超える男になりたい。今はまだ全然無理だけど、こ、超えることが出来たら、また一緒にデートしてくれないかな……」


 そこまで言って、僕は『な、何を言っているんだ』と心の中で後悔した。つい本音が口に出てしまった。東城さんはまたびっくりしたような顔をしたが、クスクスと笑って、


「うん、もちろん。あ、超えるとか超えないとか関係なく、いつでもいいよ。天野くんが誘ってくれて、私嬉しかった。天野くんと一緒なら楽しいだろうなって、今日のことずっと楽しみにしてたんだ」


 と、また笑顔で答えてくれた。東城さんの笑顔が可愛くてまぶしい。そっか、楽しみにしてくれていたのか……。


「そ、そっか、ありがとう……僕もずっと楽しみにしてたよ」

「うん! あ、この後ちょっと服を見に行ってもいいかな? 天野くんに私に似合いそうな服選んでもらいたいな」

「あ、うん、分かった、それじゃあ行こうか」


 片付けて歩き出すと、東城さんがまた僕の左手を握ってきた。


「それにしても、天野くんの手大きいね、びっくりしたよ」

「いや、東城さんが小さいんだよ」

「あーっ! バカにしたなぁ!? ふーんだ、どうせ私は小さいですよーだ」


 東城さんがぷくーっと頬を膨らませて僕をポカポカと叩いて来た。そんな仕草も可愛くてつい笑ってしまうと、東城さんも笑った。

 日車先輩、僕、日車先輩を超える男になってみせます。そして、東城さんに告白します。いつになるか分からないけど、必ず……。

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