第46話「弱点」

 七月三十一日になった。今日はみんなで遊園地に行く約束をしている日だ。

 九時半に駅前に集合となっている。朝早いのは火野が『早く行って一日中楽しもうぜ!』とテンションが高かったからだ。

 日向と真菜ちゃんは受験生で大事な夏休みだが、たまには息抜きに遊ぶのもいいだろう。日向もずっと楽しみにしていたみたいだ。


「お兄ちゃん、絵菜さんと真菜ちゃん来るんだよね? まだかなぁー」

「ああ、もうすぐ来るんじゃないかな、それにしても日向、テンション高いな」

「うん、遊園地なんて久しぶりだからねー、嬉しくて眠れないかと思ったよー」


 日向と話していたら、インターホンが鳴った。二人で出ると絵菜と真菜ちゃんが来ていた。


「お、おはよ」

「お兄様、日向ちゃん、おはようございます、今日はお誘いしてくださってありがとうございます」

「絵菜さん、真菜ちゃん、おはようございます!」

「あはは、おはよう、それは火野に言った方がいいかもしれないね」

「あ! そうでした!」


 真菜ちゃんが「しまった!」という顔をしたので、みんな笑った。

 母さんに「みんな気をつけてねー、いってらっしゃーい」と見送られて、僕たちは駅前へと向かう。


「お兄様、私遊園地って久しぶりなので、すごく楽しみにしてました」

「そっかそっか、僕も久しぶりだよ、みんなで楽しもうね」

「はい! お化け屋敷にみんなで入って、怖くてお兄様に抱きついたりして……あ、でもお姉ちゃんが入れないか」

「あ、ああ、お化け屋敷は避けてもらえるとありがたい……」


 四人で話しながら駅前に着くと、火野と高梨さんがもう来ていて、こちらに気づいて手を振っていた。


「おーっす、おはよう」

「やっほー、おはよー、みんな揃ったねー、あ、日向ちゃんと真菜ちゃん、今日も可愛いー!」

「火野さん、高梨さん、おはようございます! お久しぶりです!」

「火野さん、優子さん、おはようございます、今日はお誘いしてくださってありがとうございます」

「あはは、いえいえ、せっかくだしみんなで楽しもうぜ。じゃあそろそろ行こうか」


 駅前から電車に乗り、みんなで話しながら三十分くらい電車に揺られる。最寄り駅からさらにバスで十五分くらい行ったところに遊園地はあった。


「着いたねー、いやー久しぶりに来たなぁー!」

「おう、俺も久しぶりだ、あ、みんなにチケット渡しておかなきゃな、フリーパスもついてるやつだから、思う存分楽しめるぜ」


 そう言って火野がみんなにチケットを手渡した。


「ありがとう、僕も久しぶりだけど、まずは何から行くのがいいんだろう?」

「そうだなぁ、やっぱまずはジェットコースターじゃね? けっこうスリルあるらしいぜ」


 火野の提案で、まずはみんなでジェットコースターへと向かった。少し人は並んでいたが、すぐに順番は回ってきた。「やっぱ一番前だろ!」と言いながら火野と高梨さんが一番前に座り、その後ろに僕と日向、絵菜と真菜ちゃんと続いて座った。

 安全レバーを下して待っていると、スタッフさんが「それでは、しゅっぱーつ!」と声を上げた。ガタンと動き出し、じわじわと登っていく。


「お、おおお、け、けっこう高いんだな……」

「あれー? お兄ちゃん、もしかしてビビってるのー?」

「い、いや、久しぶり過ぎてどんなもんかよく分からな……あ、あああああ!!」


 唸りを上げてコースターが走っていく。まるで真っ逆さまに落ちたと思ったら、縦に大回転、横に大回転と、とんでもない勢いで空飛ぶかと思った。いや、それは杉崎さんか。隣で日向が「あははははー!!」と笑っている。な、なんでそんな笑えるんだ……。

 あっという間の出来事だったが、ぐるぐると引っ張られるような感覚で恐ろしいなと思った。ジェットコースターってこんな感じだったっけ……。


「あはは、お兄ちゃんかなりビビってたね!」

「い、いや、お前はなんでそんなに余裕があるんだ……」

「いやー久しぶりに乗ったけどすげぇな! また後で乗ろうかな」

「え!? ぼ、僕は遠慮しておく……」

「あはは、日車くんもしかして苦手だった? あ、フリーフォールがあるね、みんなで乗ろうよー」

「え、あ、あれ乗るの……?」

「団吉、大丈夫、私が横に乗ってあげるから」


 い、いや、そういう問題ではない気がしたが、絵菜と日向に引っ張られてしぶしぶフリーフォールに乗った。ちょうど六人乗りで、僕は絵菜と日向に挟まれるように座った。

 スタッフさんの合図でまたガタンと動き出し、どんどん垂直に登っていく。


「い、いや、さっきより高くない? これ……」

「えー、そんなに変わらないと思うよー、お兄ちゃんビビりなんだからー」

「そ、そうかな、ま、まぁ落ちるだけだからな……あ、あああああ!!」


 その落ちるだけが恐怖だった。垂直落下がこんなに怖いものだなんて。よく物理でまっすぐ鉄球を落とした時の重力加速度はどうとかあるが、そんなのはどうでもよかった。絵菜が乗る前と乗った後に手を握ってくれていたが、顔がすごいことになっていたと思う。


「はぁ、はぁ……い、生きた心地がしない……」

「もー、お兄ちゃん情けないなぁ、こういうのは心から楽しまないと!」

「まさかお兄様が絶叫系苦手だったなんて、ちょっと可愛いなと思ってしまいました」

「え、あ、昔は乗れてたと思うんだけどな……おかしいな……」

「あ、コーヒーカップがあるよ、あれなら日車くんもいけるんじゃない?」


 高梨さんが指差した方向にカラフルなコーヒーカップがあった。ま、まぁあれなら大丈夫だろう。

 三人乗りだったので、グーとパーで分かれた結果、僕、高梨さん、真菜ちゃんと、絵菜、火野、日向に分かれて乗ることになった。


「ま、まぁこれならゆっくり回ってるだけだからな……周りの景色も楽しめそうだ」

「ふっふっふー、日車くん甘いよ! コーヒーカップは回してなんぼだからね! うりゃー!」

「え? あ、あああああ!!」


 すごい勢いで高梨さんがハンドルを回す。コーヒーカップが高速回転する。回してなんぼって何!? ま、真菜ちゃんは大丈夫か!? と思って見てみたら、真菜ちゃんは「あはははは!」と楽しそうだった。「ちょ、ちょっと待ったー! ストーップ!」という僕の声も聞こえていないのか、高梨さんと真菜ちゃんが楽しそうに回すではないか。何かが見えた気がした。


「はぁ、はぁ……僕、空飛んじゃうのかな……」

「だ、団吉、しっかり、杉崎みたいなこと言ってる……」

「う、うん、今なら杉崎さんの気持ちが分かる……」


 火野と高梨さんが、「もう一回ジェットコースター乗って来るぜー!」と元気よく行った。日向と真菜ちゃんもついて行った。ぼ、僕はさすがに無理だ……と思っていたら、絵菜が行かずに残ってくれた。


「団吉、そこのベンチで待ってようか」

「う、うん、絵菜も行ってきてよかったのに、ごめんね」

「ううん、大丈夫、私は団吉と一緒にいたい」


 そう言って絵菜が僕の手をそっと握ってきた。うう、まさか僕がこんなに乗り物に弱かったなんて。絵菜にも楽しんでもらいたいのに、すごく申し訳ない気持ちになってしまった。

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