第40話「本番」
立会演説会の日となった。
僕たち次期役員候補の四人は体育館の壇上に上がり、並んで座っている。今は副会長の進行の元、慶太先輩が挨拶を行っている。
(うう、みんなの視線がすごい……慶太先輩の話が全然頭に入って来ないな……)
ちらりと横を見ると、九十九さんも、大島さんも、天野くんも、どこか緊張しているような顔をしていた。そりゃそうか、これだけの人の前でこれから話すのだ、緊張しないわけがない。
ぐるぐると考えていると、慶太先輩の挨拶が終わった。
「――それでは、候補者の四名の演説です。生徒会長候補、九十九伶香さん、お願いします」
「はい」
九十九さんが静かに立ち上がり、マイクの前に行って一礼をして、話を始めた。事前に九十九さんの話す内容も見せてもらったのだが、真面目な九十九さんの決意というか、熱意というか、そういうものが伝わってくる文章だった。九十九さんはいつもの落ち着いた口調で、原稿も見ずにすらすらと話を進める。横顔も美人だった。このまま生徒会長になったら人気が出るのではないかと思った。
「――よろしくお願い致します」
九十九さんの演説が終わった。パチパチパチと拍手が起こる。九十九さんはまた一礼して、戻って来る。椅子に座る前に僕と目が合って、ニコッと笑いかけてくれてドキッとしてしまった。うう、僕も男なんだな。
「――次に、副会長候補、日車団吉さん、お願いします」
「は、はい」
危ない、噛んでしまうところだった。ゆっくり立ち上がると隣の大島さんが「落ち着いてね」と小声で言ってくれた。僕はコクリと頷き、マイクの前に行って一礼をして、練習通りに話し始める。文章も覚えているので、手元を見ることはほとんどない。途中で声が裏返りそうになったが、なんとかこらえた。僕はそのまましっかりと最後まで話す。
「――以上です、よ、よろしくお願いします」
最後の最後でまた危なかった、噛んでグダグダになりそうなところをなんとかこらえた。ふーっと軽く息を吐くと、パチパチパチと拍手が起こった。僕は一礼して、席に戻る。九十九さんはニコッとまた笑いかけてくれて、大島さんも「よかったわ」と小声で言ってくれた。
「――次に、書記候補、大島聡美さん、お願いします」
「はい」
大島さんがゆっくりと立ち上がる。僕は「頑張って」と小声で声をかけた。大島さんがコクリと頷くと、マイクの前に向かう。
ああ、よかった、なんとか終わってくれて解放感でいっぱいだった。
* * *
「うんうん、みんな素晴らしい演説だったよ。ボクも思わず聞き入ってしまったね」
慶太先輩がパチパチパチと拍手しながらそう言った。その日の放課後、生徒会室にみんな集まった。みんな一つ大きな舞台を経験してから、終わってホッとした表情をしている。
「それで、信任・不信任投票があったわけなんだけど、結果が出たのでさっそく発表しちゃうね。それでは結果は――」
慶太先輩の次の言葉を、みんなゴクリと唾を飲み込んで待つ。
「――おめでとう、みんな信任の票が圧倒的だったよ。これでみんな生徒会役員になったね」
慶太先輩がそう言って、またパチパチパチと拍手をくれた。僕たちも自然と拍手する。よ、よかった、これで僕だけ不信任とかだったら笑えないところだった。
「みんなの熱意がちゃんと伝わったね。ああ、ボクも思い出すよ、一年の時に会計になったんだけど、二人候補者が出たから投票になってね。ドキドキだったなぁ……って、ボクのことはどうでもいいね、それでみんなには生徒会役員としての仕事をやってもらうんだけど……」
慶太先輩が一枚の紙を渡してきた。
「だいたいメインになる仕事をそこに書いてみたよ。生徒会長は『行事・式典での挨拶、生徒会行事の運用や企画・立案など』、副会長は『生徒会行事での司会進行、部活動と生徒会との連絡調整など』、書記は『会議での議事録、生徒用HPや学校用配布物、パンフレットの作成など』、会計は『活動費の割り当て、収支、残金の確認、書記の一部補佐など』、ざっとこんな感じかな」
な、なるほど……と思いながら、紙を見ながら慶太先輩の説明を聞いた。
「まぁ、『など』と書いているように、一応メインではこんな感じで動いてもらうんだけど、他の人のサポートも忘れずにね。一人で抱え込まず、みんなで力を合わせて運営していくんだ。ボクが目を見たところ、特に伶香さんと団吉くんは一人でなんとかしようという傾向がありそうだから、気をつけてね」
慶太先輩に言われて、僕はドキッとした。こ、この人はそんなところまで見抜いているのか。
「……まぁ、しばらくはボクも生徒会室に来るし、分からないことがあったら何でも聞いてね。さぁ、堅苦しい話はここまでにしようか。ボクは課外授業に途中参加するから、今日はこれで失礼するね」
みんなで「ありがとうございました」と言うと、慶太先輩は手を振りながら生徒会室を出て行った。
「……よかったわね、みんなちゃんと役員になれて」
「そうですね、あ、せっかくなので、この四人でRINEグループ作りませんか? 何かと連絡もあるだろうし」
「ああ、そうだね、作ろうか」
天野くんの提案に、みんなスマホを取り出してRINEグループを作った。大島さんが「日車くんの連絡先知っちゃった……ふふふふふ」と、やはり高梨さんのような雰囲気を出していたのだが、気のせいだろうか。
「じゃあ、RINEグループの名前と画像は、生徒会長の九十九さんにお願いしましょうか」
「え、あ、私か、そうだなぁ……」
九十九さんが少し考えた後、ポチポチとスマホを操作する。グループを見ると『青桜高校生徒会役員』という名前と、ハンバーガーの写真が画像として登録してあった。
「あ、あれ!? これって、この前の……?」
「う、うん、とても美味しそうだったから、食べる前に写真撮ってたの。だ、ダメかな……?」
「ううん、大丈夫だよ、それにしても写真撮ってたのは気がつかなかったよ、気に入ったみたいだね」
「う、うん、またそのうち行きたいな……」
九十九さんがそう言って、隣にいた僕の手をきゅっと握ってきた。
「え!? あ、う、うん、また行こうね……あはは」
「つ、九十九さん!? ダメだわ、日車くんの隣にはさせられない……ブツブツ」
「お、大島さん、なんかブツブツ言ってるけど……?」
なぜか慌てる大島さんと、きょとんとした顔の九十九さん。それを見てクスクスと笑う天野くん。うん、みんな無事に生徒会役員になれてよかった。これから大変なこともあるかもしれないけど、この四人ならなんとかやっていけるだろう。
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