第39話「大事な気持ち」
立会演説会が明日となったこの日、いつものように昼ご飯を四人で食べた後、僕は絵菜と一緒に教室に戻っていた。
みんなの前で話す内容は覚えることができた。日向にも何度か練習に付き合ってもらって、なんとか嚙まずに話すことが出来ている。しかしみんなの前となるとまた雰囲気は違うんだろうなと思った。
「そういえば明日立会演説会だよな、話す内容覚えた?」
「うん、なんとか覚えて噛まずに話せるようになったよ。でもかなり緊張する……」
「私、応援してるから。本当は百票くらい団吉に入れたいんだけど」
「あはは、ありがとう、心強いよ」
そんなことを話しているその時だった。
「あ、団吉さん! 絵菜さん!」
突然名前を呼ばれたので振り向くと、東城さんが少しだけ走りながらこちらに来ていた。
「ああ、東城さん、こんにちは」
「こんにちは! 団吉さん、副会長になるって聞きました! すごいですね!」
「ああ、うん、まぁそれなりに頑張ってみようと思ってるよ。もしかして天野くんに聞いた?」
「あ、そ、そうなんですけど、その、あの……」
急にぼそぼそと声が小さくなる東城さんだった。あれ? 何かあったのだろうか。
「あ、あの、今日の放課後、お時間ありますか? その、団吉さんと絵菜さんに聞いてほしいことがあって……」
「ん? 僕は大丈夫だけど、絵菜はどう?」
「あ、わ、私も大丈夫……」
「ありがとうございます! そしたら、すみませんが放課後に一年一組の教室に来てもらってもいいですか?」
「うん、分かった。何かあったの?」
「あ、そ、それは放課後に説明します……それではまた!」
東城さんは手を振りながら一年の教室の方へと行ってしまった。聞いてほしいことって何だろうか。あれ? 以前もこんなことがあったような……。
* * *
放課後、絵菜と二人で一年一組の教室に向かう。入口から中を覗くと、真ん中の少し後ろに東城さんが座っていた。
「あ、お疲れさまです! 入ってください!」
二人でちょっと緊張しながら教室に入る。やはり他のクラスというのは落ち着かないものだ。
「そこ座ってください。よかった、誰もいなくなってくれたので」
「じゃ、じゃあ失礼して……で? 聞いてほしいことって?」
「あう、あの、その……」
なぜかもじもじする東城さんだった。そんな仕草も可愛いなと思った。
「あ、天野くんに、今度二人で一緒に出かけないかって誘われまして……そ、それってデートですよね? あれ? 私がおかしいのかな……」
東城さんの顔が赤くなっていた。なるほど、天野くんがついに東城さんを誘ったのか。
「な、なるほど、うん、たしかに二人だったらデートになるのかもしれないね」
「そ、そうですよね、で、でも、どうしようか迷ってしまって、すぐに返事が出来なくて……天野くんには申し訳ないなって」
「そ、そっか、もしかして、天野くんのこと嫌いになった?」
「あ、いや、そうではないんですけど、その、あの……」
僕たちから目をそらして、髪を触ったり、口元を触ったりと、落ち着かない東城さんだった。
「……わ、私、団吉さんのこと、今でも好きなんです。それなのに、そんな気持ちで天野くんと遊んでいいのかなって、天野くんにも失礼だよなって……」
その言葉を聞いて、絵菜がぎゅっと僕の手を握ってきた。絵菜の方を見ると、真面目な顔で東城さんを見つめている。
「あ、絵菜さんごめんなさい! 分かってるんです、団吉さんには絵菜さんという素敵な人がいるってこと……でも、どうしても団吉さんのこと忘れることが出来なくて……ごめんなさい、そんなのずるいですよね」
「……東城は、天野のことも大事に想っているんじゃないのか?」
「えっ?」
絵菜がぽつりとつぶやくと、東城さんはびっくりしたような顔で絵菜を見た。
「……はい、天野くんとは小学校から一緒で、クラスも一緒になることが多くて、よく話していたんです。それに、私はアイドルをやっているということもあって、一部の人から『目立っててうざい』と思われているようで……でも、そんな私にも天野くんは気軽に声をかけてくれて、とても嬉しかったです」
「天野も、東城のこと大事に想ってる。だ、団吉のこと好きなのは自由だし、私は何も言えないけど、天野の気持ちに応えてあげてもいいんじゃないかな」
「……たしかに、そうですね、天野くんがせっかく誘ってくれたし、気持ちに応えないと失礼ですよね」
「うんうん、ぼ、僕は絵菜という大事な人がいるけど、東城さんも大事な友達だし、そしてそれ以上に、天野くんは東城さんのこと大事に想ってるよ」
「……団吉さんも、絵菜さんも、優しいなぁ」
東城さんはそう言って、遠くを見つめた。
「うん、明日天野くんにお返事したいと思います。で、デートは緊張するけど、一緒に遊びに行けたらいいなって」
「うんうん、天野くんもきっと喜ぶよ。あ、アイドルってデートとかしていいものなのかな? よく恋愛禁止とか聞くけど……」
「あ! そ、そうですよね、うーんどうなんだろう……他のメンバーやマネージャーにも聞いてみます。そ、それと……」
東城さんが姿勢を正して、続けて話した。
「団吉さんを大事に想う気持ち、今すぐ捨てるわけにはいかないので、これからも想っていてもいいでしょうか……?」
僕は絵菜と目を合わせた。絵菜がコクリと頷いたので、
「うん、ありがとう、東城さんの気持ち、すごく嬉しいよ。あ、でもちゃんと応えてあげられていないような気がするな……」
と、東城さんの目を見て話した。
「いえ! やっぱり私は団吉さんの優しいところが大好きです! またご報告させてください!」
そこまで話したところで、天野くんの時と同じように東城さんのクラスメイトが教室に入ってきたので、そこで話は終わりとなり解散となった。僕と絵菜は一緒に帰ることにした。
「ふふっ、東城も色々考えていたんだな」
「そうだね、東城さんの気持ちも大事にしてあげたいな。あ、でも東城さんが僕を、す、好きって想う気持ち、絵菜は嫌じゃなかったの?」
「ううん、誰を好きになってもそれは自由だから。東城よりも私の方が団吉を好きだから……大丈夫」
絵菜はそう言って、僕の左腕にくっついてきた。
「そっか、うん、嬉しいよ。なんとか天野くんとデートできるといいんだけど、アイドルだからなぁ、どうなんだろ……」
アイドルは恋愛禁止とよく聞くものの、中学生や高校生の女の子にそれも厳しいよなと思うところもある。なんとか二人がデートできますようにと祈ることしかできなかった。
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