第38話「ハンバーガー」

「……ふむふむ、うん、団吉くんもほぼできてるね。ちょっとだけニュアンスを変えてもいいかなってところがあるくらいだよ、大丈夫!」


 慶太先輩にそう言われて、僕はホッとした。あれから二日後、放課後に生徒会室に集まって、みんなで慶太先輩に立会演説会で話す内容を見てもらっていた。


「伶香さんも、団吉くんも、聡美さんも、蒼汰くんも、この短い時間でよくここまで書けたね! 素晴らしいよ。やはりボクの目は間違っていなかったようだ!」

「あ、ありがとうございます……あ、慶太先輩、立会演説会ではなるべく手元を見ないように、文章を覚えておこうかなと思うのですが……」

「うんうん、団吉くんの言う通り、文章を覚えて前を見て話した方が印象はよくなるだろうね。まぁ原稿は何かあった時のために持っておいた方がいいけど、みんなそうしようか」


 慶太先輩がそう言うので、みんなで「はい」と答えた。


「前にも伝えた通り、来週立会演説会があるから、それまでならなんとか覚えられるかな。ああ、ボクも思い出すよ、ついつい熱く語り過ぎちゃってね、長すぎると後で先生に注意されたな」

「そ、そうなんですね……」

「まぁ、ボクのことは置いておいて、主役はキミたちだからね、ボクも全力でサポートするよ。分からないことがあったら何でも聞いてね。よし、今日はこのくらいにしようか。ボクは職員室に用事があるから、すまないがお先に失礼するね」


 みんなで「ありがとうございました」と言うと、慶太先輩は手を振りながら生徒会室を出て行った。


「……今日は終わりだね、じゃあ僕たちも帰ろうか」

「あ、先輩方、せっかく四人集まっているので、これから駅前のハンバーガー屋にでも行きませんか? 親睦を深めるって感じで」

「あ、それもいいかもしれないね、九十九さんと大島さんはどう?」

「うん、私は大丈夫よ、みんなで行きましょ」


 天野くんの提案に、大島さんは返事をしてくれたのだが、九十九さんがなぜか固まって動かない。何か用事でもあったのだろうか。


「つ、九十九さん……?」

「……え、あ、わ、私も、大丈夫……です」

「やった、じゃあみんなで行きましょう!」


 みんなで色々と話しながら駅前へ向かう……のだが、九十九さんの様子が少しおかしい。元々言葉はそんなに多くないのだが、さっきから全然話そうとしない。やはり何かあったのだろうか。


「いらっしゃいませー」


 駅前のハンバーガー屋に着き、天野くんと大島さんが注文を済ませる。僕は九十九さんを先に行かせることにした。


「九十九さん、先に注文していいよ」

「……え、あ、わ、分かりました……」


 あれ? なぜ敬語なんだろう? と思ったが、気にしないことにした。


「いらっしゃいませー、店内をご利用ですか?」

「え!? あ、あの、店内、ご利用です……」

「かしこまりましたー、ご注文をどうぞー」


 店員さんがそう言ったが、九十九さんは固まったまま何も言わない。あれ? と思って九十九さんに近づくと、額に汗をかいているのが見えた。店員さんも何も言わない九十九さんを見て頭の上にハテナが浮かんでそうだった。


「つ、九十九さん……?」

「……ひ、日車くん、助けて……」


 九十九さんはそう言って、僕の手をきゅっと握ってきた。僕はドキッとしてしまったが、どうやら注文できないようだ。


「あ、う、うん、じゃあセットにしようか、ここから好きなハンバーガーを決めて、ここからサイドメニューを決めて、ここからドリンクを決めたらいいよ。ハンバーガーどれにする?」

「あ、じゃ、じゃあ……チーズバーガーというものを……」

「分かった、すみません、チーズバーガーのセットでお願いします。サイドメニューはポテトでいい?」

「う、うん……」

「分かった、この中からドリンクは何にする?」

「う、うーん……オレンジジュースで……」

「分かった、すみません、ポテトとオレンジジュースをください。以上でお願いします」

「かしこまりましたー、五百円になりま――」


 店員さんが言い切る前に、九十九さんが片手で器用にシュバッと千円札を差し出した。


「九十九さん、右のカウンターの前で待ってて、しばらくしたら呼ばれるから。僕も注文してくるよ」

「う、うん……」


 九十九さんに手を握られっぱなしで僕はドキドキしてしまった。い、いかん、絵菜に見られたら怒られそうだ……。



 * * *



「ご、ごめんなさい日車くん……」


 四人で席に着くと、九十九さんが隣で申し訳なさそうな顔をした。


「い、いや、大丈夫だけど、もしかして、ハンバーガー屋に来るの初めて……?」

「う、うん……恥ずかしくて言えなかったんだけど、実は初めてなの……」

「え!? 九十九先輩、初めてだったんですか!? そ、それはたしかに注文の仕方とか分からなくても仕方がないけど……」

「ね、ねぇ、九十九さんのお家って、もしかしてすごいお金持ちとか……?」

「うーん、お父様は大手企業の社長をしていて、お母様も翻訳の仕事をしているけど……両親は忙しいからお手伝いさんもいたりして……」

「お、おお……お金持ちだ……」

「い、家で食べることが多いから、あまり外食とか分からなくて……ごめんなさい、ご迷惑をかけてしまった……」


 そうか、ここに来る前から様子がおかしかったのは、初めてのところで緊張していたのか。たしかに初めてだと固まってしまっても仕方がないと思う。


「ううん、大丈夫だよ、初めてだったら緊張するよね、そういえばこういう注文っていつの間にか覚えたな……最初が思い出せないな」

「たしかにそうですね、最初ってどんな感じだったんだろう。たぶん両親に連れられて来たと思うけど……」

「そうね、慣れてしまうと普通になっちゃうけど、九十九さんには全部新鮮なのかもね。九十九さん、ハンバーガーの味はどう?」

「お、美味しい……他にもたくさんあったよね、食べてみたい……」

「あはは、また四人で来ようか、その時に違うの注文すればいいんじゃないかな」

「う、うん、また頼ることになるかもしれないけど……みんなで来たい」


 九十九さんがそう言って、また僕の手を握ってきた。


「え!? あ、う、うん、大丈夫、いつでも頼ってもらえれば……あはは」

「つ、九十九さん!? しまったわ、とんでもないライバルが現れてしまった……」

「お、大島さん、ライバルって何のこと……?」


 大島さんがなぜか慌てている。僕は美人の九十九さんに手を握られることでドキドキしていた。うう、こんなところ絵菜には見せられない……本当にごめんと心の中で謝った。

 でも、嬉しそうに初めてのハンバーガーを食べる九十九さんを見て、来てよかったなと思った。

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