第37話「絵菜のために」
「うーん、こんな感じかな、いやここはこうした方が……」
夜、夕飯を食べ終わってから、僕は部屋で立会演説会で話す内容を紙に書いていた。何度も書き直すことが予想されたため、とりあえず先にコピー用紙にあれこれと書いて、清書を慶太先輩にもらった紙に書こうと思った。
うん、だいたい出来たような気がする。しかしみんなの前でこれを話すなんて、想像しただけで変な汗が出そうだった。
コンコン。
部屋の扉をノックする音が聞こえたので、「はい」と言うと、日向が入ってきた。
「お兄ちゃん! もらった万年筆すっごく書きやすい! めっちゃ使ってるよー……って、あれ? 勉強してるの?」
「お、おう、そうか、いや、それが……」
そういえば日向に誕生日プレゼントとして万年筆を送ったのだ。使ってくれているようでよかった。
それと、日向には生徒会に入ろうとしていることを何も話していなかったなと思って、これまでのことを話した。
「え!? お兄ちゃんが、副会長に!?」
「うん、まぁ、まだ投票があるから本当に決まったわけではないけど、一応候補ということで」
「す、すごい……! お兄ちゃんったら、どこまで行っちゃうの!? 学校を支配する気!?」
「い、いや、生徒会だからって学校を支配できるわけではないと思うけど……それで今度立会演説会があるから、そこで話す内容を考えていてな」
「な、なるほど、みんなの前で発表するってこと?」
「ああ、そんな感じ。日向も中学で生徒会があるだろ? 同じようなもんだよ」
「そっかー、生徒会とか縁がなくてピンと来ないけど、あ、ねえねえ、どんなこと話すの?」
「あ、一応書けたつもりではいるんだけど、読むか?」
「んー、読んでもいいけど……そうだ! ここでその発表の練習しない? 私聞いてあげるからさ」
「は!? こ、ここで話すのか……?」
「みんなの前で話す前の予行演習だよー、さあさあ、立って立って。はい、次は副会長候補の日車団吉くんです~どうぞ~」
「な、なんかお笑いのノリだな……わ、分かったよ」
嫌だと言っても許してくれそうになかったので、とりあえず今書いたものを実際に読んでみる。うう、妹の前だと恥ずかしすぎる。
「――以上です、よろしくお願い致します」
一応最後まで読むと、日向がパチパチパチと拍手をしてくれた。
「すごいすごい! お兄ちゃんできる男って感じ! でもあそこちょっと分かりにくかったなぁ」
「え? どこどこ?」
日向が紙を見ながら分かりにくかったところを指摘してくれた。な、なるほど、他の人が聞くとまた印象が違うんだな。
「なるほど、たしかに日向の言う通りかも。ありがとう」
「ふっふっふー、お兄ちゃんのことは何でも分かるからね! でもこんなに頑張ってるの、絵菜さんのため?」
「え!? な、何で分かったんだ……?」
「顔に書いてあるよー。お兄ちゃんさらにカッコよくなったら、絵菜さんもドキドキだねぇ」
日向がそう言って僕の頬をツンツンと突いてきた。そ、そうか、顔に出てるのか。うん、たしかに自分のためでもあり、絵菜のためでもある。カッコいいかどうかは分からないが、自分を変えることが出来たらいいなと思う。
ピロローン。
その時、僕のスマホが鳴った。RINEが来たみたいだ。送り主は絵菜だった。
『お疲れさま、今いい?』
『お疲れさま、うん、大丈夫だよ、何かあった?』
『あ、いや、何もないんだけど、今何してるのかなと思って。あ、通話できる?』
『うん、大丈夫だよ、あ、日向もいるけど、いい?』
『うん、こっちも真菜が隣にいるから。じゃあビデオ通話でかける』
「RINE? もしかして絵菜さん?」
「うん、なんか通話できるかなって。かかってくるみたい。真菜ちゃんもいるみたいだよ」
日向と話していると、すぐに絵菜から通話がかかってきた。
「も、もしもし」
「もしもし、あ、映ってるね、こんばんは。絵菜ごめんね、今日は一緒に帰れなくて」
「ううん、大丈夫。こういうのにも慣れておかないと」
「お兄様、日向ちゃん、こんばんは! お姉ちゃんから聞きました、お兄様が生徒会に入るって。すごいです!」
「あはは、いやいや、大したことはないんだけどね、今、日向に演説会で話す内容を聞いてもらっていたところだよ」
「絵菜さん、真菜ちゃん、こんばんは! お兄ちゃん学校を支配するみたい!」
「そっか、生徒会に入るってことは、生徒の代表だもんね! お兄様の命令でみんな動くのか……」
「い、いや、さすがにそんな権限はないと思うけどね……あはは」
「ご、ごめん、真菜が勝手なこと言ってて……」
「お姉ちゃん、お兄様がますますカッコよくなるんだよ? ドキドキするでしょ?」
「なっ!? ま、まぁそうだな……カッコいい方が好き……」
絵菜の言葉に、僕は顔が熱くなっていた。横から日向がツンツンと突いてくる。
「でも、日向に今度話す内容聞いてもらってよかったよ、自分だけだとどうしても偏っちゃうので」
「お兄様、私も聞きたいです! そこで読んでくれませんか?」
「え!? あ、は、恥ずかしいけど、そうだな……練習だと思ってちょっと読んでみるね」
僕はスマホを立てかけて、先程と同じように書いたものを読んでみた。うう、さっきよりさらに恥ずかしいけど、三人で恥ずかしいと思っていてはいけないよな。
「――以上です、よろしくお願い致します。……こんな感じだけど、どう?」
「す、すごい……団吉、カッコよかった……」
「お兄様、すごいです! お兄様の熱意が伝わってきました!」
絵菜と真菜ちゃんがパチパチパチと拍手をくれた。うん、やはり誰かに聞いてもらうといい練習になるようだ。
「あ、ありがとう、今はまだ三人だけど、みんなの前で話すとなると変な汗が出そうだよ」
「たしかに、すごく緊張しそうですね……あ、できればなんですけど、話す内容はある程度覚えておいて、手元をあまり見ないで前を向いて話すのはどうでしょう?」
「あ、なるほど……たしかにそっちの方がいいかも。ありがとう真菜ちゃん」
「いえいえ! それにしても、こんなに頑張ってるのって、お姉ちゃんのためですか?」
「え!? や、やっぱり分かっちゃうのかな、うん、自分のためでもあり、絵菜のためでもあるというか」
「それはそれは! いいなぁお姉ちゃん、お姉ちゃんも『お兄様大好き』って発表しない?」
「なっ!? い、いや、さすがにそれは恥ずかしすぎる……」
僕が思わず吹き出すと、日向も真菜ちゃんも笑った。絵菜は恥ずかしそうに下を向いていた。
それから僕たちはしばらく四人で話していた。日向と真菜ちゃんのテンションが高く、女子トークについていくのが大変だった。でもたしかに、話す内容を覚えておくのはよさそうだな。もう少し時間があるので、頑張ってみたいなと思った。
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