第36話「学年一位」

「い、いくよ大島さん……」

「う、うん、日車くん、お願い……」


 僕はふーっと息を吐いた。別に怪しいことをしているわけではない。ここは生徒会室の前だ。昨日慶太先輩も言っていたように、今日の放課後、次期生徒会役員候補の四人の顔合わせがあるのだ。それで大島さんと一緒に生徒会室まで来た。

 僕はコンコンと扉をノックする。中から「はい、どうぞ」と声が聞こえたので、扉を開ける。


「失礼します、日車です」

「失礼します、大島です」

「やあやあ、団吉くんと聡美さん、来てくれて嬉しいよ、さあ、入ってくれたまえ」


 いつもの明るい声で慶太先輩がちょいちょいと手招きする。僕と大島さんは緊張した顔で生徒会室に入る。初めて入ったが、色々な資料やパソコンが置かれているのが見えた。なるほど、こういうところだったのか。


「そこに座ってくれたまえ、あ、先に生徒会長候補が来ているよ」


 慶太先輩の奥に一人座っているのが見えた。女の子だ。こちらの方を見て会釈したので、慌てて僕もお辞儀をする。この人が新しい生徒会長だろうか。大島さんと同じような長い黒髪に、切れ長の目。大島さんも美人だが、この人もクールビューティーとでも言うのだろうか、そんな感じの美人だった。


「どうも、二年八組の九十九伶香つくもれいか……です」


 九十九? めずらしい名前だなと思ったが、人のことは言えない。それよりも、九十九ってどこかで聞いたような名前だが……。


「つ、九十九さん……!? あの、学年トップの……!?」


 大島さんがびっくりしたような顔で言った。九十九さんは恥ずかしそうにコクリと頷く。そうだ、うちの高校は成績上位者を掲示板に貼り出すことになっているが、いつも学年で一番なのが九十九さんだった。僕はそこで名前を見ていたのだ。


「や、やっぱり……! めずらしい名前だなと思って覚えていたんです。あ、私は二年五組の大島聡美といいます」


 大島さんがそう言うと、九十九さんはギロリと大島さんを睨んだ。大島さんは「あ、す、すみません……」と小さくなった。何か九十九さんの逆鱗に触れてしまったのだろうか。


「あ、ぼ、僕は、二年五組の日車団吉といいます……よ、よろしくお願いします」


 僕はそう言って、軽くお辞儀をした。相変わらず自己紹介は緊張する。


「日車くんに、大島さん、名前は知ってる……二人とも成績上位者によく名前が載っているから」

「あ、そ、そうだね、九十九さんには及ばないけど、一応……」

「……あなたは、笑わないのね」


 笑わない? どういうことだろう……あ、もしかしてあのことだろうか。


「笑わないって、もしかして、名前のこと……?」


 僕がおそるおそる聞くと、九十九さんは一瞬僕のことを睨んできたが、少し目をそらしてコクリと頷いた。


「う、うん、名前は僕もめずらしいから、むしろそれで笑われてきたからね。人の名前をバカにするのはよくないと思う」

「……そうなのね、ごめんなさい大島さん、睨んでしまって……私名前のことを言われるのに敏感なの」

「あ、い、いえ、大丈夫……です」


 どうしても敬語が抜けない大島さんだった。


「うんうん、こちらの伶香さんが次期生徒会長候補でね、伶香さん、団吉くんが副会長、聡美さんが書記だよ。あと会計の子がもうすぐ来ると思うんだけど……」


 慶太先輩がそう言った時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。慶太先輩が「はい、どうぞ」と言うと、勢いよく扉が開いたと思ったら、


「し、失礼します! 遅くなってすみません!」


 と、一人の男の子が入ってきた……って、あれ?


「あ、天野くん!?」

「あれ!? 日車先輩!? どうしてここに……って、も、もしかして日車先輩も次期生徒会役員に……!?」


 そう、入ってきたのは天野くんだった。も、もしかして会計候補とは天野くんのことなのだろうか。


「う、うん、そうなんだけど、もしかして会計候補って……」

「はい、僕も慶太先輩に声をかけてもらって、会計をやらせていただきたいと思いまして……」

「あれ? 団吉くんと蒼汰くんは知り合いだったのかい?」

「あ、はい、ちょっと色々ありまして……」

「そうかそうか、知り合いだったなら話は早いね。よし、これで四人揃ったね。ボクが説明しよう」


 四人が席について、慶太先輩が前に出た。


「今期までの生徒会役員は全員三年生でね、来期は全員入れ替わることになったのだよ。九十九伶香さんが生徒会長、日車団吉くんが副会長、大島聡美さんが書記、天野蒼汰くんが会計、このメンバーでいきたいと思うんだ。一応、信任・不信任投票があるけど、まぁ問題でもない限り大丈夫だよ。みんな素晴らしい人だというのはボクが証明したいくらいだよ」


 慶太先輩はそう言って、一枚の紙を渡してきた。


「来週、立会演説会があるということは話したよね。この紙に自分の決意みたいなものを書いてきてほしいんだ。ボクがチェックするから、みんなは思ったことを素直に書いてくれればいい。期限はそうだな……急がせて申し訳ないが、明後日持って来てくれるかな? その時またここにみんなで集まろう」


 慶太先輩の言葉に、みんな「はい」と答えた。なるほど、これに書けばいいのか。帰ってからじっくり考えてみようと思った。あれ? でもそういえば気になったことがあった。


「け、慶太先輩すみません、あの、他の三年生の役員の方は……?」

「ああ、他の人はみんな『受験勉強で忙しい』とか言って、引き継ぎに参加しないみたいなんだ。まったくひどいよね、これからの青桜高校を引っ張っていくみんなのことを無視するなんて。まぁ、仕事内容はボクが分かっているから、安心してくれたまえ」


 そう言って慶太先輩はケラケラと笑った。な、なるほど、なんだか慶太先輩がかわいそうだなと思った。


「さて、今日はせっかく四人集まったし、少しお互いお話してから帰らないかい? 初めて顔を合わせる人もいるだろう。仲良くなっておかないとね」


 慶太先輩がそう言うので、みんなでしばらく談笑した。大島さんは九十九さんに対して敬語だったが、最後の方は自然に話すことが出来ていたみたいだ。女の子同士で気が合うところがあるのかもしれない。

 その九十九さんは言葉はそんなに多くないが、話してみるといい人そうだった。勉強ができることを自慢しないし、僕の名前も笑ったりしない。大島さんとは違う美人で少しドキドキもした。うう、僕も男なんだな。

 天野くんは僕がいることが嬉しいらしく、「日車先輩、頼りにしてます!」と言っていた。そういえば東城さんとデートはできたのだろうか。今度こっそり聞いてみようと思った。

 うん、まだ始まったわけではないけど、このメンバーなら楽しくやっていけそうな気がした。

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