第35話「寂しい」

 昼休み、僕は大島さんと一緒に慶太先輩のところへ行っていたので、少し遅れて学食へ向かった。奥の方に絵菜と火野と高梨さんが座っているのが見えた。


「おーっす、お疲れ、遅かったな」

「ああ、ごめん、食べててよかったのに」

「いや、それはいいんだが、何かあったのか?」

「あ、それが……」


 僕は生徒会役員を引き受けたことを、みんなに話した。


「おお、引き受けたのか! そりゃすげぇな」

「あ、まぁ、まだ信任・不信任投票があるから、ハッキリと決まったわけじゃないんだけど、せっかく誘ってもらったし、僕にできるのならやってみようかなって思って」

「うんうん、日車くんなら大丈夫だよー。成績も優秀だし、人のこともちゃんと考えてて優しいしさー。あ、成績と言ってこの前のテスト思い出しちゃった……」

「あはは、ありがとう、まぁ頑張ってみようかなって気になったんで、やれることはやるつもりだよ」


 そこまで話して、絵菜が黙っていることが気になった。隣を見るとちょっと暗いような、拗ねているような顔をしている。


「え、絵菜? どうかした?」

「……ううん、なんでもない。あ、今日の帰り、団吉の家に寄ってもいいか……?」

「あ、うん、いいよ、今日も一緒に帰ろう」


 僕がそう言うと、絵菜は少しだけホッとしたような表情を見せたが、すぐにまた暗い感じになった。な、何か悪いことでもしてしまったのだろうか。


「……ははーん、絵菜の気持ちが少しだけ分かっちゃった。絵菜、大丈夫だよー、日車くんを信じてあげよ?」

「う、うん……」


 高梨さんが何か分かったような感じだったが、僕にはよく分からなかった。う、うーん、考えても思いつかないので、とりあえず昼ご飯を食べることにした。



 * * *



 その日の放課後、廊下で絵菜が待ってくれていたので、僕は急いで帰る準備をして廊下に出た。


「ごめん、待たせてしまって」

「……ううん、大丈夫」


 な、なんかやっぱり暗いなと思っていたが、校門を出たら絵菜がすぐに手をつないできた。よかった、嫌われているわけではなさそうだ。

 でも、あまり会話がなく歩いて僕の家まで帰って来た。そのことが気になって僕はドキドキしていた。


「ただいまー……って、日向はまだ帰ってないか。あ、上がって」


 僕がそう言うと、絵菜は小さな声で「おじゃまします……」と言って靴を揃えて上がった。とりあえず鞄もあるので僕の部屋に案内した。

 鞄を机の上に置いて、お茶でも持って来ようかと思っていると、突然絵菜が僕に抱きついてきた。


「え、絵菜……?」

「……ごめん、また私拗ねてたみたい。なんか、だんだん団吉が遠くへ行ってしまう気がして、寂しくて……」


 遠くへ行ってしまう? あ、もしかして、生徒会に入るという話のことだろうか。たしかに生徒会に入ると放課後に残ってやることも増えるだろうし、今までのように一緒に帰れない日もあると思う。そうか、絵菜はそれが面白くなかったのか。


「ご、ごめんね、決して絵菜のこと考えてないとか、そういうことじゃないから……」

「……うん、団吉が私を大事にしてくれてるのも分かるんだけど、やっぱり寂しいんだ……ただでさえ別のクラスなのに、生徒会に入ったら会える時間もまた少なくなりそうで……でもそんなことで団吉を困らせたくない……」

「そっか……それで不安になっちゃったんだね、ごめんね、いつも言ってるけど、僕は絵菜が一番大事だよ。それに――」


 ぎゅっとくっついていた絵菜からちょっとだけ距離をとって、絵菜の目を見て話を続けた。


「僕、誰にも負けない、強い男になろうって決めたんだ。強い男になって、絵菜をしっかりと支えていきたい。だからこの前のテストも誰にも負けたくなくて頑張ったんだ。生徒会に入ろうって思ったのも、強い男になるために、今まで避けてきた人付き合いとか人前に出るとか、そういうことを頑張ろうって思ったんだ。それも全部、絵菜がいるからだよ」

「だ、団吉……」


 絵菜の目がちょっとうるうるしているように見えた。


「絵菜がいるから、僕がこんなに頑張ろうって、自分を変えたいって思えたんだ。本当にありがとう。絵菜には感謝でいっぱいだよ」

「団吉……ううん、私こそありがと、こんなにすぐ拗ねるし、すぐ不安になるし、すぐ寂しくなるし、どうしようもない女なのに……」

「ううん、絵菜が不安になったり寂しくなったりするのも、僕のことを想ってくれているからだって思うと、嬉しいよ。でもあまり不安にさせちゃうのも悪いなって……」


 そこまで話したところで、また絵菜がぎゅっと僕に抱きついてきた。僕もそっと絵菜の背中に手を回す。ぐすんと鼻をすする音が聞こえたので、少しだけ泣いているみたいだ。


「団吉はやっぱり優しいな……そんな団吉が大好き……」

「うん、僕も大好きだよ、絵菜……」


 しばらく抱き合った後に、


「……キス……して?」


 と、耳元で絵菜がささやいた。や、ヤバい、相変わらず破壊力が半端ない。僕はドキドキで心臓が飛び出るかと思った。へ、平常心、平常心……と心の中でつぶやいた。

 僕は絵菜の目を見た後、目を閉じてそっと絵菜の唇に自分の唇を重ねた。一旦離れた後、絵菜と目が合うと、絵菜はニコッとしてもう一度、今度は絵菜から唇を重ねてきた。


「ふふっ、ごめん、嬉しくて……団吉が私のために強い男になるって言ってくれたのも、すごく嬉しい……」

「うん、いつも絵菜に引っ張ってもらってばかりだから、男として今度は僕が支えてあげたいなって思って」


(大丈夫だよ、これから団吉が引っ張っていくシーンが絶対あるから。慌てることもないさ)


 いつか火野が言った言葉を思い出していた。うん、いつまでも絵菜に引っ張ってもらうだけではダメだ、僕が絵菜をしっかりと支えないといけない。


「もう、このまま離れたくない……」

「え、あ、じゃ、じゃあ、日向が帰って来るまではくっついていようか……」

「うん……団吉の温もりが大好きで、もうダメ……」


 それから日向が帰って来るまで、ずっと二人でくっついて色々話していた。そういえば最近こうやってくっつくことも少なかったな。なるべく絵菜に寂しい思いはさせたくない。二人の時間も大事にしようと思った。

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