第34話「決意」
七月になり、日差しが厳しい日が多くなった。毎日といってもいい。今年も猛暑日が多くなるのだろうか。冬よりはマシだが、暑すぎても体によくない気がする。
僕は今日、ある決意を持って学校に登校した。それは――
「大島さん、今時間ある?」
「ん? 大丈夫だけど、どうしたの?」
「あの、慶太先輩に返事をしに行こうかと思って」
そう、決意とは、慶太先輩に生徒会役員にならないかと誘われていたことに対する返事だった。おそらく今日が慶太先輩が待てる最後の日。ぎりぎりまで考えてしまって申し訳ない気持ちだったが、僕もかなり迷っていた。
「ああ、なるほど、じゃあ行きましょうか」
大島さんはそう言ってノートとペンを持ってきた。一応自分も持っておいた方がいいかと思いノートとペンを取り出す。
三年生の教室は三階にある。僕たちはちょっと緊張しながら一組の教室へと行く。入口近くにいた人に「あの、すみません、佐久本先輩はいらっしゃいますか?」と聞いてみると、「ああ、慶太ね、ちょっと待ってて」と言って呼びに行ってくれた。しばらくすると、
「やあやあ、団吉くんに聡美さん、来てくれて嬉しいよ!」
と、明るい声で言いながら慶太先輩がやって来た。なるほど、男女関係なく下の名前で呼びたい人なのか。
「すみませんお昼休み中に、あの、先日言ってた生徒会役員の件なのですが、お返事をしに来ました」
「おお、そうなんだね、わざわざありがとう。よかったよ、期限が今日までなんだ。では、団吉くんから返事を聞こうではないか」
「すみません、ぎりぎりまでお待たせしてしまって。僕は……」
ごくりと唾を飲み込む音がハッキリと聞こえた。
「……生徒会役員の件、お引き受けいたします。よろしくお願いします」
そう言って僕は軽くお辞儀をした。二人がどんな顔をしていたか分からないが、
「そうかそうか、引き受けてくれるんだね、団吉くんありがとう、ボクは嬉しいよ。では、聡美さんの返事も聞こうではないか」
と、慶太先輩が明るい声で言った。
「……私も日車くんと一緒で、お引き受けいたします。後出しで日車くんの真似のようですが、自分で考えた結果です。よろしくお願いします」
そう言って大島さんも軽くお辞儀をした。どうやら大島さんも引き受けるようだ。
「そうかそうか、聡美さんも引き受けてくれるんだね、ありがとう、二人ともじっくり考えてくれたんだね、こんなに嬉しいことはないよ」
「あ、はい……そもそも僕なんかが生徒会役員なんて、笑われるのではないかと思ったのですが、せっかく慶太先輩がお誘いしてくれたんだし、やってみるのも悪くないかなと思って」
「ふむ、団吉くんを笑う奴なんているのかい? そんな奴がいたらボクが黙っていないからね。ボクは目を見て判断するんだ、団吉くんはまっすぐで、優しくて、思いやりのある素敵な男性だ。自信を持っていいくらいだよ」
「あ、ありがとうございます……」
慶太先輩は冗談で言っているわけではないと分かった。この人は僕のめずらしい名前も決して笑ったりしない。僕は少し恥ずかしくなった。
「聡美さんも目を見て分かったよ、賢くて、人に頼られても嫌な顔をしない、みんなをまとめる力のある素敵な女性だ」
「あ、ありがとうございます」
大島さんも恥ずかしいのか、少しだけ下を向いた。
「ふむ、前にも話した通り、二人のことは先生たちにも聞いていてね、二人ともいい生徒だと評判だったよ。今は学級委員もやっているそうではないか。キミたちなら生徒会の仕事も立派にやり遂げてくれるだろう」
「が、頑張ります……あの、お願いというか、さすがに生徒会長というのは難しいので、できれば他の役員にさせてもらえればと思っているのですが……」
「ああ、大丈夫、実は生徒会長はもう決まっているんだ。あと会計も決まっている。二人には副会長と書記をやってもらいたいのだが、どちらがいいとかあるかね?」
「あ、じゃあ……書記でお願いします」
「……ちょっと待った、私も書記がいいわ」
え!? と思って大島さんの方を見た。ま、まぁ意見がかぶることもあるとは思うが、まさかここでかぶるとは……。
「ふむ、二人とも書記が希望か。どうしようかな……あ、ここはひとつ公平にじゃんけんといかないかい? 勝った方が書記、負けた方が副会長ということで。いいかね?」
「あ、じゃ、じゃんけんですか……分かりました」
どうしよう、なんか副会長って難しそうな気がするんだよな……いや、簡単なことだ、じゃんけんに勝てばいいのだから。
「……日車くん、勝っても負けても恨みっこなしよ」
「……うん、分かった」
「「……じゃーんけん!!」」
* * *
「よし、では副会長が団吉くん、書記が聡美さんということで、ボクから先生には伝えておくよ。仕事内容などはまた後日ボクが教えよう」
うう、見事に負けてしまった……ババ抜きといいじゃんけんといい、僕はなぜかこういう勝負事に弱い気がする。
「わ、分かりました……」
「団吉くん、そう緊張しなくて大丈夫だよ。一人じゃないんだ。みんなで力を合わせてやっていくものだからね。困った時は同じ役員や各委員長が助けてくれるよ」
「な、なるほど……あ、他に立候補する人っていないのでしょうか? 選挙があるって言ってたけど……」
「ふむ、今のところ各役員ちょうど一人ずつだね。ボクが声をかけたのは少数精鋭でね、あまり多くの人には声をかけていないんだ。その他に立候補した人はいないみたいだから、選挙は信任・不信任投票ということになりそうだね」
「あ、そ、そうなんですね……」
「それと、来週次期役員候補の四人には立会演説会で演説をしてもらうことになる。まぁ、決意みたいなものを話してくれればいいのだけどね。内容は事前にボクも見るから、そんなに緊張しないでくれたまえ」
そ、そうか、みんなの前で話さないといけないのか。やばい、クラスでも噛んだり声が裏返ったりしていたのに、みんなの前でなんて話せるのだろうか。嫌な汗が流れてきた。
「あ、そうだ、一度四人で集まろうか。明日の放課後、生徒会室に来てくれるかい? そこで顔合わせということにしよう」
「あ、はい、分かりました」
「分かりました」
「ふむ、二人とも今日はありがとう。こんなに嬉しい日はなかったかもしれないよ。これでボクも安心して勉強に専念できそうだ。それと……」
そう言って慶太先輩は僕に近づいてくる。何だろうと思っていると、
「絵菜さんは元気かい? 彼女にまた会いたいのだが」
と、小声で僕に話しかけてきた。
「え!? あ、はい、げ、元気です……」
「そうかそうか、会えるのを楽しみにしているよ」
そう言って慶太先輩はケラケラと笑った。大島さんは不思議そうな顔をしている。う、うーん、いい人なんだけど、やっぱり絵菜のこと気に入ってるんだな……油断ならないと思った瞬間だった。
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