第32話「強い意志」

「な、なんだろうあの人、もしかして絵菜のこと……ブツブツ」


 昼休み、いつものように四人で昼ご飯を食べている時に、僕はついブツブツと口に出してしまった。慶太先輩は僕を生徒会役員に推薦したいと言っていた……ことよりも、絵菜のことを気に入ったような感じだったのがずっと頭から離れなかった。


「だ、団吉? どうした? なんかブツブツ言っていたが……何かあったのか?」

「あ、ご、ごめん、それが……」


 火野と高梨さんには話してもいいかなと思って、さっき慶太先輩に会ったことを全部話した。


「え!? 団吉が、生徒会役員に!?」

「ああ、いや、まだ決まったわけじゃないけど、なんか推薦したいって……」

「そかそか、生徒会長自ら推薦したいなんて、日車くんもすごい人になってしまったねぇ、本当に神になったのかも」

「い、いや、僕は一般人だからね? それはいいんだけど、どうも絵菜のことを気に入ってしまったようで……す、素敵な女性だって」

「お、おお、沢井のことを気に入ったのか、まぁ、そういう人が現れてもおかしくないけど……」

「う、うん、そうなんだけど、どうしてもそのことが頭から離れなくて……」

「そっかー、日車くんは絵菜を取られてしまうんじゃないかと不安になってるんだね? 絵菜はどう思ったの?」

「え、わ、私は別に……ちょっとびっくりしたけど、そんなことで気持ちが変わるわけじゃないし」


 絵菜がそう言って、僕の左手を握ってきた。


「え、絵菜……」

「わ、私は、どんな男が来ても、団吉が好きなのは変わらないから……」

「うんうん、絵菜が日車くんを想う気持ちは誰にも止められないよねー、日車くんもそんなに不安にならなくていいと思うよー……と言いつつ、ちょっと日車くんの気持ちも分かるところあるなぁ」

「ああ、急に沢井のこと狙ってる奴が現れたら、そりゃ不安にもなるさ。でも、やっぱそういう時こそお互いの気持ちが大事なんじゃねぇかな」

「う、うん、僕も、絵菜を想う気持ちは誰にも負けない……」


 僕はそう言って、絵菜が握ってきた手を握り返した。火野と高梨さんがニコニコしながら見つめている。ちょっと恥ずかしかったけど、これでいいんだ。誰にも負けないという僕の意思の表れでもあった。



 * * *



(……とは言ったものの、なんだろう、この漠然とした不安は……)


 昼食を食べ終わって教室に戻ってからも、僕はなんとなくそわそわしていた。やはり慶太先輩の言動が気になるらしい。

 よく考えてみると、これまで絵菜はどちらかというと『近寄りがたい』というイメージを持たれていたため、そんなに言い寄る人もいなかった。しかしこの前の体育祭での活躍もあり、クラスでも話しかけられることが多くなったと杉崎さんや木下くんも言っていた。それは女子だけではない、男子だって絵菜がいいなって思う人がいてもおかしくないのだ。


(くそっ、こういう時別のクラスって気になって仕方がない……絵菜の気持ちがこんなところで分かるとは……)


 杉崎さんや木下くんにそっと絵菜のことを聞くのもありかなと思った。


「――あら? 日車くん、なんか難しそうな顔してるけど、大丈夫?」


 ふと声をかけられたので見ると、大島さんがニコニコしながら僕の顔を覗き込んでいた。


「あ、いや、ちょっと考え事をしていて……」

「そう、てっきり沢井さんとケンカでもしたのかなって思ったわ……そうなったらチャンスなんだけど……ブツブツ」

「い、いや、そういうわけでは……あ、大島さん、三年の慶太先輩……じゃなかった、佐久本先輩って知ってる?」

「佐久本先輩? ああ、生徒会長の? もちろん知ってるわよ。それがどうかしたの?」

「そ、それが……」


 大島さんに、僕が生徒会役員にならないかと誘われたことを話した。絵菜のことは話がこじれると思ったので何も言わなかった。


「……そう、佐久本先輩……じゃなかった、慶太先輩、日車くんにも声かけたのね」

「うん、そうなんだけど……って、え? 日車くん『にも』? それって……」

「うん、実は私も声をかけられたわ。生徒会役員にならないかって。急に言われたからまだ返事はしてないんだけど」

「あ、そうなんだね、そしたらさ、その……大島さんは、手の甲に、き、キスとかされた……?」

「へ? 日車くん何言ってるの? ただ役員になってほしいってお願いされただけよ」

「あ、そ、そうなんだね……」


 慶太先輩は、美人の大島さんには何もしていないらしい。野球部のクラスメイトのように、女子であれば誰でもいいということではないということか。ということは、絵菜にだけ特別だったということなのだろうか。


「日車くんはどうするの? 慶太先輩に返事」

「うーん、急なことで頭が混乱してて、まだよく分からないんだ。僕なんかが生徒会役員になれるなんて思えないのもあるし……でもあまり先輩を待たせるのもよくないよなぁと」

「そう、やっぱり日車くんは優しいのね。私は日車くんなら大丈夫だと思うけど。それに、ひ、日車くんが引き受けるなら、私もやってあげないこともないかなーなんて……」

「うーん、どうしようかな……せっかく誘ってもらったし、ちょっと考えてみようかな……」

「わ、私の一言スルーしたわね……まぁいいわ。あ、じゃあ慶太先輩に返事する気になったら教えてくれる? 私も早めに決めておくから、一緒に伝えに行かない?」

「あ、うん、分かった、決まったら教えるよ」

「な、なんか、お二人とも難しいお話されていますね……」


 隣の席で本を読んでいた富岡さんが、おそるおそる話しかけてきた。


「あ、ごめん、せっかくの富岡さんの読書の時間が。うるさかったよね」

「い、いえ、大丈夫です……あの、お二人とも生徒会役員になるかもしれないとか……すみません、聞くつもりはなかったんですけど、聞こえてしまいました……」

「いやいや、聞いてても大丈夫だよ。うーん、どうしようかなって迷ってるんだよね……」

「私も迷ってるわ……あ、そんなことより、今度の定期テスト、日車くんには絶対負けないからね! 覚悟しておきなさい!」

「えぇ、またそんなこと言ってるの……あ、でも、大島さんには負けない。絶対に……」

「え!? な、なんか急にやる気出して来たわね……い、いいわ、そうでなくちゃ。勝負よ!」

「す、すごいです……さすが、お二人はライバル関係なんですね……!」


 そういえば富岡さんには僕たちはライバルってことになっているのだった。いや、それでいい。さっきやる気を見せたのは、僕が男として誰にも負けないという強い意志の表れだった。強い男になって、絵菜をしっかりと支える。慶太先輩や大島さんのおかげで、僕が変われそうな気がした。

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