第31話「動揺」

 定期テストまであと三日となった。

 あれから五組のみんなと一緒に勉強したり、休日は絵菜や火野や高梨さんに数学を教えていたりと、みんなで勉強を頑張っていた。人に教えることで自分の復習にもなるし、いいことが多いのだ。もちろん自分自身もしっかりと準備を行ってきた。今回は上位陣に食い込むことができればいいなと思っている。

 今日も午前中の授業が終わり、いつものように弁当を持って学食へ向かっていると、肩をトントンと叩かれた。振り向くと絵菜がいた。


「団吉お疲れ、一緒行こ」

「あ、お疲れさま、そういえば数学どう? できそう?」

「うーん、難しいけどなんとか……団吉にも教えてもらってるし、たぶん赤点は回避できるかと」

「うんうん、絵菜は一年の時も数学よく出来てたから、大丈夫だよ」


 絵菜と話しながら学食へ向かっていたその時だった。


「――日車団吉くんだね?」


 急に自分の名前を呼ばれたので振り向くと、一人の男子がいた。あれ? こんなことが前にもあったような気がする。


「は、はい、そうですけど……」

「ふふふ、やっぱりキミがそうか。ボクのことは知っているかね?」


 その男子は真ん中分けの黒髪をサッとかき上げた。なんだろう、サラサラヘアーなのを自慢したいのだろうか。知っているかねと言われてもこんな知り合いはいな……あれ? この人どこかで見たことあるような。


「あ、あれ? 知らないって言いたいんですけど、どこかで……」

「ふふふ、そうだろう、ボクは有名人だからね……って、し、知らないのかい!? ボクだよ!?」

「は、はぁ……すみません、どこかで見たことがあるのですが、名前までは……」

「そ、そうか、まぁ、そういうこともあるよね。ならば自己紹介しよう、ボクは三年一組の佐久本慶太さくもとけいた。この青桜高校の生徒会長を務める男だよ」


 あ、なるほど生徒会長か、どうりでどこかで見たことあると思った。全校集会の時に何度か見かけたような気がする。でも名前までは知らなかった。


「あ、なるほど、生徒会長さんでしたか、すみません無知で」

「いや、いいのだよ。有名人のボクのことを知らないというのもキミの魅力なんだろうね」

「は、はぁ……何かよく分かりませんが、佐久本先輩が僕に何の用があるのでしょうか?」

「ああっ! そんなよそよそしい呼び方はやめてくれ、慶太先輩と呼んでくれていいからね! ボクもキミを団吉くんと呼びたいからね!」


 な、なんだろう、めんどくさい人だなと思ってしまった。


「あ、わ、分かりました……で、慶太先輩は僕に何の用があるのでしょうか?」

「ふふふ、単刀直入に言おう、団吉くんに次期生徒会役員になってほしいと思っているのだよ!」


 あーなるほど、生徒会役員ですか。

 

 ……って、えええええ!?


「へ!? せ、生徒会役員!?」

「ああ! 来月に次期生徒会役員を決める選挙があるのは知っているかね? そこでぜひ団吉くんに役員のどれかに立候補してほしいと思っている! 本当は生徒会長を引き継いでほしいと思っているのだが、さすがにそこまで無理強いはできないから、副会長でも書記でもなんでもいいから、ぜひ生徒会に入ってほしいのだよ!」

「え、あ、あの、突然のこと過ぎて何が何だか……」

「おっと、すまないね、混乱させてしまったようだ。団吉くんの噂は大西先生や保健の北川先生や、他の先生からも聞いている。成績も優秀で、他の人のことを考えて行動できる優しいところもあるそうではないか。そんな団吉くんなら生徒会でもうまくやっていけるだろう!」


 な、なるほど、先生たちから聞いたのか……慶太先輩にどんな話をしたのか気になるが、僕が、生徒会役員……? あまりに想像できなくてちょっと笑いそうになった。いけないいけない。


「は、はぁ……ぼ、僕はそんなに立派な男ではないと思うのですが……」

「いや、初めてこうして会って、キミの目を見て、先生たちが言っていることは嘘ではないということが分かったよ。ボクの選択は正しかったようだ。何としても団吉くんがほしいと思っているよ!」


 それに……と言って、慶太先輩は話を続ける。


「ボクは来月で生徒会長としての役目も終わるのだよ。これまで一生懸命頑張ってきたのだが、後任になる人はぜひともボクが推薦したいと思っていてね。団吉くんが入ってくれたらボクは安心して受験勉強に専念できるよ」

「な、なるほど……あの、急なことでまだ混乱しているので、少し考えさせてもらってもいいですか?」

「ああ、もちろん! もう少し時間があるから、じっくりと考えてくれたまえ! それと……」


 慶太先輩が急に僕から目をそらした。どうしたんだろうと思ったら、どうも横で黙っていた絵菜を見ているようだ。


「そちらの女性は、団吉くんのお友達かね?」

「え、あ、はい、そうですけど……」

「そうかそうか、キミ、名前は何て言うんだい?」

「え、わ、私? さ、沢井……です」

「沢井……さん、下の名前は?」

「え、絵菜……です」

「そうか、絵菜さんか! 素敵な名前だ! こんなに金髪の似合う綺麗な女性を見たのは初めてかもしれない! ボクはドキドキしてしまったよ」


 慶太先輩はそう言って、絵菜の前で跪き、絵菜の手をとって手の甲にキスをした。


「なっ!? ななな、何をしているんですか!?」


 思わず僕が声を上げてしまった。絵菜は何が起きたのか分からないという感じでボーっとしている。


「あはは、すまないね、あまりに素敵な女性だから、こうせずにはいられなかったよ! そうか絵菜さんか、ボクのことを覚えておいてくれると嬉しいよ」

「え、は、はい……」

「し、し、失礼します!!」


 僕はそう言って、絵菜の手をとってその場を離れた。慶太先輩が「団吉くん! よく考えてみてくれ!」と言っていたが、今はそんなことどうでもよかった。


「だ、団吉、だ、大丈夫?」

「……うん、ちょっと混乱してるみたい」


 慶太先輩は生徒会がどうとか言っていたが、全て吹き飛んでしまった。素敵な女性? 絵菜のことを狙っているのか? もしそうだとしたら……僕はぐるぐると頭の中で考えてしまった。

 嫌だ、絵菜を取られたくない。その思いだけが僕の中にあった。

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