第30話「合わない」

「あ、あのー……」


 ある日の五時間目、数学の授業中に隣の席の富岡さんが小さな声で話しかけてきた。今は相原くんがうんうんと唸りながら黒板に問題の解答を書いている。


「ん? どうかした?」

「あの、さっきのところ、難しくてよく分からなくて……日車さんは分かりましたか?」

「ああ、新しく出てきたところだね、うん、だいたいは理解できたと思うけど」

「そ、そうですか、さすがですね……うーん、今月はテストもありますよね……」


 そうだ、今月は定期テストがあるのだ。一年の時と同じく、僕は手を抜かずに一生懸命準備するつもりでいる。いつも言っているが、バイトをしているからといって、学業が疎かになってはいけない。


「そうだね、さっきのところは出そうな気がする……あ、よかったら今日放課後残って教えようか?」

「え……!? い、いいのですか? そんな、何か悪いというか……」

「ううん、一年の時も友達に教えていたからね、一応実績があるというか……って、自分で言うのはどうかと思うけど」

「あ、ありがとうございます、お願いします……!」


 一年の時も、絵菜や火野や高梨さんに色々教えていたなと、懐かしい気持ちになっていた。

 五時間目、六時間目と終わり、放課後になる。僕は絵菜に今日は残って勉強していくと伝えるために六組の前で待つ。


「あ、絵菜、今日は学校に残って富岡さんに勉強を教えていくよ」

「そ、そうなのか、いいな……私も教えてほしいくらいだ」

「あ、じゃあ一緒に勉強していく? 五組の教室だけど、あまり人はいないはずだから大丈夫だよ」

「うっ、他のクラス入るの勇気いるけど……うん、私も残る」

「分かった、じゃあ五組の教室行こうか」


 絵菜を連れて五組の教室に戻る。僕の前の人は帰っていたので、机を借りることにした。


「絵菜、そこに座っていいよ。あ、富岡さんごめん、六組の沢井さんも一緒に勉強していくことになった……って、そういえば二人は山登りの時に会ってたね」

「あ、と、富岡です……あ、あの、たしか日車さんの彼女って言ってたような……」

「ど、どうも、沢井です……」


 初めましてではなかったが、そういえば山登りの時も直接話はしていなかった。二人とも緊張しているのか固まっている……ように見えて、どうも絵菜が富岡さんをじーっと見ている。


「……?」

「え、絵菜? どうかした?」

「……はっ、い、いや、なんでもない」

「……あれ? 勉強してるの?」


 ふと声をかけられたので見ると、相原くんが鞄を持ってこちらを見ていた。


「あ、うん、富岡さんが数学分からないらしいから、教えようと思って」

「……そっか、俺もけっこう分からないんだよな……」

「そうなんだね、よかったら相原くんも一緒に勉強していく? 教えるよ」

「……うん、そうしようかな、もうすぐテストあるし、このままだとまた赤点になりそうな気がするので」


 相原くんも参加することになった。富岡さんの前の席を借りることにした。


「……あ、日車くんの彼女もいるのか」

「あ、うん、一緒に勉強したいって言ってたので」

「……どうも、相原です」

「ど、どうも、沢井です……」


 相原くんと絵菜は山登りの時に少しだけ話していたが、やっぱりお互い緊張しているようだ。


「今日やったところを復習しようか、絵菜はここ習ったかな?」

「あ、うちのクラスも今日そこやった。難しくてよく分からなかった……」

「そっか、じゃあちょうどいいね、この問題をみんなでやってみようか」

「あら? みんなで勉強?」


 また声をかけられたので見ると、大島さんがニコニコしながらこちらを見ていた。


「あ、うん、数学が難しくて分からないらしいから、教えてるとこ」

「ふーん、そうなのね、まぁ私は日車くんに負けないために日々準備しているところだからね……ふふふふふ」

「……大島は団吉には勝てないよ」

「なっ!? さ、沢井さんもいるのね、ふ、ふーん、私も残って勉強していこうかしら。沢井さんに教えてあげてもいいわよ」

「……団吉に聞くから、いい」

「あ、あのー、二人とも仲良くしてもらえると嬉しいななんて……あはは。じゃあ大島さんは相原くんか富岡さんに教えてくれる? 僕も教えるから」

「し、仕方ないわね、日車くんのお願いなら聞いてあげるわ」

「……なんか、日車くん大変そうだね」

「う、うん、大丈夫、いつもこんな感じなんだ……」


 なんとか絵菜と大島さんがぶつからないように気をつけながら、僕たちは数学の復習を進めた。うーん、なぜこの二人は仲が悪いのだろうか……。



 * * *



 夕方までみっちりと勉強をした後、みんなで駅前まで一緒に帰り、その後絵菜と二人になった。


「なんか、みんなで勉強するの懐かしいね、一年の時もあんな感じだったね」

「うん、火野と優子は大丈夫かな……」

「うーん、この前火野の家で一緒に勉強したって言ってたね、数学難しすぎたとか言ってたけど」

「またグループRINEで火野がヘルプを出して来たりして」

「あはは、ありえるね、その時はまた一緒に勉強しようか」


 しばらく歩いていると、絵菜がそっと僕の手を握ってきた。


「あ、そういえば、聞いていいのか分からないけど、その、絵菜はやっぱり大島さんが嫌いなの?」

「え、うーん、嫌いってわけじゃないんだけど、合わないっていうか……大島は団吉を狙っているし」

「え、あ、大島さんも僕のことからかってるんだよ……あはは」

「ううん、あの目は本気で団吉のこと奪おうとしている……分かるんだ」


 絵菜がさらにぎゅっと僕の手を握ってくる。そういえば大島さんは以前、『二人に何かあったら、私が奪っていくからね』と言っていた。あ、あれは本気だったのだろうか。


「ま、まぁでも、僕は絵菜のことが一番大事だから……もう少しだけ大島さんとも仲良くしてくれると嬉しいななんて……」

「ありがと、絶対に大島には負けない……けど、団吉がそう言うなら努力する」

「うん、まぁ、急に仲良くっていうのも難しいだろうから、少しずつね」


 学校のことを色々と話しながら、二人で一緒に帰った。うん、なんとか絵菜と大島さんが仲良くなってくれるといいな。

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