第21話「後輩の質問」

 体育祭まであと三日となった今日も、放課後に体育祭に向けての練習が行われていた。

 この頃は体育の授業もほぼ体育祭の練習になっているので、もうすぐだなという実感が湧いてくる。あれから野球部のクラスメイトは僕や相原くんにはあまり言ってこなくなった。まぁ相原くんに完敗しちゃったから仕方ないのかもしれない。

 今日の練習が終わり、体操服から制服に着替えるために教室に戻っていると、トントンと肩を叩かれた。振り向くと絵菜がいた。


「団吉、お疲れさま、もう終わり?」

「あ、お疲れさま、うん、終わったよ。絵菜も?」

「うん、今日は終わった。なんか体育祭が近づいてるんだなって思う」

「ほんとだね、あっという間にここまできたなーって思うよ」

「うん。あ、一緒に帰ろ?」

「うん、じゃあ着替えてこようか」


 二人で着替えるために教室に戻っているその時だった。


「あ、日車先輩! 沢井先輩!」


 急に後ろから呼ぶ声がしたので振り向くと、天野くんがこちらに来ていた。突然東城さんのことを聞かれたあの日以来、たまに天野くんと会うこともあるのだが、「こんにちは!」「お疲れさまです!」と、とても礼儀正しく話しかけてくれる。僕のことを「先輩」と呼んでくれるのは天野くんくらいなので、ちょっと照れくさいところもあった。


「お疲れさまです! 体育祭の練習終わったんですか?」

「あ、お疲れさま、うん、今日はもう終わったよ」

「そうですか! じゃあ……すみません、お二人にお聞きしたいことがあるので、この後少しだけ時間もらっていいですか?」

「ん? 聞きたいこと? いいけど、何かあった?」

「あ、いや、その……あ、うちのクラス誰もいないみたいなので、着替えたら一年一組に来てもらっていいですか? そこで話します」

「う、うん、分かった、絵菜は大丈夫?」

「う、うん、大丈夫」

「ありがとうございます! じゃあ教室でお待ちしております」


 天野くんはそう言うと、一年の教室の方へ戻って行った。聞きたいことって何だろうか。

 とりあえず着替えるために僕と絵菜は教室に戻る。五組で男子が、六組で女子が着替えるようになっていたので、それぞれの教室で着替えて、二人で一年一組の教室へ向かう。入り口から中を覗くと天野くんが窓際の一番前の席に座っていた。


「あ、どうぞどうぞ、入ってください」

「あ、うん、じゃあ、おじゃまします……」


 二人でちょっと緊張しながら教室に入る。違う教室に入るのってどうして緊張してしまうのだろうか。


「ここ座ってください、誰もいないので大丈夫です」

「あ、うん、じゃあ失礼して……で? 聞きたいことって?」

「あ、その、あの……お、お二人の馴れ初めというか、お付き合いするようになるまでをお聞きしたくて……」


 天野くんがちょっと恥ずかしそうに下を向いた。な、馴れ初め?


「え、あ、まぁ、それくらいならいいけど……絵菜、いいかな?」

「あ、うん、だ、大丈夫……」

「ありがとうございます、その、お二人はどうやって出会ったんですか?」


 天野くんがカチカチカチとシャープペンをノックする。え、要チェックなの?


「あ、その……これは誰にも言わないでほしいんだけど、絵菜が上級生に絡まれているところを偶然見てしまってね、それから少しずつ話すようになったというか」

「なるほど、偶然の出会いというわけですね、それから好きになっていったんですか?」

「あ、うん、僕は好きだって気づいたのはもっと後なんだけど、胸がチクリと痛むことがあってね……今思えば、ずっと好きだったのかもしれない」

「なるほど、胸がチクリ……と。沢井先輩はどうだったんですか?」

「え、わ、私は、最初は黙っててもらおうと思っただけだったけど、団吉の優しくて可愛いところにどんどん惹かれていって……気がついたら好きでたまらなくなって、デート誘ったりして……」

「なるほど、や、やっぱりデートですよね、ふむふむ……告白はどちらからでしたか?」


 そう言って天野くんは一生懸命メモしている。なんだろう、すごく恥ずかしくなってきた。


「あ、ぼ、僕が告白したよ。また絵菜が上級生に絡まれているところを見てしまって、助けに入って、思わず好きだって……」

「な、なるほど、ピンチに駆けつけたヒーローみたいですね。ぼ、僕にできるかな……ブツブツ」

「あ、あの、天野くん、これはどういう……」

「いや待てよ、やっぱりデートか……はっ!? す、すみません、お二人のことを聞けば何か分かるかもしれないと思って……」

「な、なるほど……天野くんは、東城さんのことが好きなんだね?」


 僕がそう言うと、天野くんはびっくりしたような顔をした。


「なっ!? あ、はい……バレてましたか、東城さんのことが、す、好きです……」

「そっか、うん、誰かを好きっていう気持ちはとても大事だと思うよ」

「そ、そうですかね……でも、東城さんは僕のことなんて気にしてないだろうし……」

「そんなことないよ、まぁ、この前の二人を見ただけなんだけど、東城さんも天野くんのこと大事な人って思ってるんじゃないかな。あとは天野くんの優しくて誠実なところを見せれば、東城さんもきっと分かってくれると思うよ」

「そ、そっか……日車先輩を超える男に、なれるかな……」

「なれるよ、僕よりも天野くんがいいところ、たくさんあるよ。二人で遊びに行くのもいいんじゃないかな」

「そ、そうですね……うん、緊張するけど、で、デートに誘ってみたいと思います」

「うん、それがいいよ。きっと東城さんも喜んでくれると思うよ」

「は、はい! ありがとうございます、頑張ります!」


 そこまで話したところで、天野くんのクラスメイトが教室に入ってきたので、そこで話は終わりとなり解散となった。天野くんは「また相談に乗ってもらえると嬉しいです!」と言っていた。


「ふふっ、天野はやっぱり東城が好きなんだな」

「そうだね、絵菜も気づいてた?」

「うん、東城が団吉の話するのが面白くないっていう天野の気持ちも分かる気がする。あ、私わがままなのかな……」

「いや、そんなことないよ、僕も絵菜から他の男子の話ばかり聞いたら面白くないし……」

「ふふっ、私は団吉のことしか話さないよ」


 絵菜はそう言って、きゅっと僕の腕に絡んできた。こ、ここまだ学校だけど、まぁいいか。


「……天野、東城とデートできるといいな」

「うん、そうだね、二人で仲良く楽しめるといいね」


 天野くんは、誰よりも東城さんのことをずっと想ってきたに違いない。東城さんはどう感じているのだろうか。天野くんの恋が実るといいなと思った。

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