第20話「勝負」

「そういや、今度の体育祭は俺らみんな紅組で同じだな!」


 ある日の昼休み、いつものように四人で弁当を食べていると、火野が嬉しそうにそう言った。


「あれ? そうなんだっけ?」

「ああ、二年は一組、二組、五組、六組が紅組で、三組、四組、七組、八組が白組だからな、なんか燃えてきたぜー!」

「な、なるほど……そうだったのか、ほんとにみんな一緒だね」


 学級委員もしているのにそれも知らなかったということに恥ずかしくなった。あれ? そういえば大島さんがそんなことを言っていた気がする。人の話はちゃんと聞かないといけないなと思った。


「ふふふー、燃えるねぇ! みんなで絶対に勝とうね!」

「おう、まぁ俺らがいるんだ、負けるわけないな!」


 火野と高梨さんが何やら燃えている。イケメンと美人の思考回路はよく分からなかった。


「みんな何の種目出るか決まったー? 私はクラス対抗リレーに借り出されたよー」

「あ、俺もクラス対抗リレーに出るぜ。あれ男女が交互に走るんだよな、一位と二位独占してやろうぜ!」


 さすが、スポーツができる二人は足も速いようだ。


「僕はなぜか男子の四百メートルリレーのメンバーに入ってしまったよ。みんな五十メートル走で手抜いてないかなと思ったけど……絵菜はどう?」

「あ、私も女子の四百メートルリレーに出る。うちのクラスも五十メートル走のタイムで決まってしまった」

「おお、団吉と沢井は四百メートルリレーか、応援してるぜ!」

「いいねいいね、私も応援するー! 私たちでぶっちぎってやろうよー!」


 なんと、絵菜も四百メートルリレーに出るそうだ。そういえば絵菜は火野や高梨さんほどではないにしても、運動ができる方ではないかと思うことがしばしばあった。球技大会だったり、文化祭のゲームだったり、この前のダブルデートでもそうだ。足もけっこう速いのかもしれない。


「そっかー、みんなリレーのメンバーになったんだねー、やっぱり燃えるもんがあるね!」

「おう、そういや中川が昼休み使ってバトンパスの練習しようとか言ってたな……そろそろ行かないと怒られるかな」

「そうだぞ火野! こんなところにいたのか!」


 後ろから大きな声がしたので振り向くと、中川くんが仁王立ちのような感じで立っていた。


「げっ、中川……」

「みんなもう集まってるぞ! すまないねみんな、火野は借りていくよ」


 中川くんに引きずられるようにして火野が学食を出て行った。


「あちゃー、ということは中川くんもクラス対抗リレーに出るんだねぇ、さすがサッカー部のツートップだねぇ」

「うん、一組はたしか陸上部の人もいたよね、けっこう強そうだ」


 そういえばうちの野球部のクラスメイトは大丈夫だろうかと、ちょっと心配になった。



 * * *



 その日の放課後、うちのクラスはそれぞれの種目の練習を行っていた。僕はリレーのメンバーなので、バトンパスやダッシュの練習をしていた。相変わらず野球部のクラスメイトが偉そうに指示をしてくるが、はいはいと聞くふりをして右耳から左耳にスルーしていた。


「……日車くん、お疲れ。調子どう?」


 ちょっとだけ休憩していると、相原くんが話しかけてきた。あの山登りの日以降、こうして相原くんと話すことも増えて僕は嬉しかった。


「あ、お疲れさま、まあまあかな、バトンパスもなんとかコツをつかめてきたよ。相原くんはどう?」

「……まぁ、体動かすのは嫌いじゃないから、それなりにやってる。去年の球技大会は休んだけど、今年の体育祭は出ようかなと思って」

「そっか、うん、出てくれると僕も嬉しいよ」

「……うん。そういえばあいつなんか偉そうだね、ああいう奴嫌いだ」


 相原くんの視線の先には野球部のクラスメイトがいた。相変わらず他のクラスメイトに何か指示している。


「ま、まぁ、彼も負けたくないっていう気持ちが前面に出てるんじゃないかな」

「……そっか、でもああやって命令する奴は嫌いだな。日車くんみたいに謙虚な方が好かれると思う」


 そういえば大島さんも「優しくて謙虚な男が好きなの」とか言っていたなと思い出した。よ、よく分からないけど、僕がそうなのだろうか。


「おい、日車と相原! サボってんじゃないぞ! みんな練習してるだろうが!」


 相原くんと話していると、野球部のクラスメイトに見つかってしまった。


「……うるさいなぁ、ちょっと休んでただけだろ。やればいいんでしょ」

「なんだ、その態度は!? お前学校休みがちなくせに、偉そうなこと言ってんじゃないぞ!」

「お、おい、それは言いすぎ――」


 僕が野球部のクラスメイトに言いかけると、相原くんが僕の前に出て手で僕を制した。


「……休んでたから何? 最近来てるんだけど。ちゃんと見えてないの?」

「最近来てるからって何だ! 来て当たり前なんだよ! どうせサボってて足も速くないんだろうから練習しろよ!」

「……ふーん、自信あるんだね、じゃあ五十メートル勝負してよ」

「何!? まぁいいだろう、俺が勝ったらちゃんと練習してもらうぞ!」

「……じゃあ俺が勝ったら……いいや、めんどくさい。日車くんごめん、スタートの合図してくれる?」

「あ、わ、分かった……」


 なぜこうなるのかとも思ったが、二人を止めることもできず、とりあえず見守ることにした。二人がスタートの位置に着く。


「じゃ、じゃあ……位置について、よーい……ドン!」


 二人が瞬時にスタートを切る。一瞬だけ相原くんが遅れたように見えたが、関係なかった。中盤からぐんぐんとスピードに乗り、野球部のクラスメイトを突き放していく。勝ったのは相原くんだった。


「はぁ、はぁ……な、なんだと……俺が負けるなんて、す、スタートでズルしたんだろ!?」

「……そっちの方がいいスタート切ったのに、何言ってるの? これで分かったでしょ、そっちも他の人にあれこれ言う前に練習したら?」

「くっ……! い、言われなくても練習するよ!」


 野球部のクラスメイトは吐き捨てるように言って向こうに行ってしまった。


「す、すごいね相原くん! なんか彼がかわいそうに見えてしまった……」

「……あはは、まぁ、これで自分が一番とか思い上がるのをやめてくれるといいけど」

「おい、見てたよ! 相原すげぇな! なんでそんなに速いんだ!?」

「相原くんすごい! びっくりしたよー!」


 先程の勝負を見ていたクラスメイトに囲まれる。相原くんは「え、え……?」と少し戸惑っていた。うん、相原くんもこうしてクラスの人と仲良くなってもらえると嬉しいな。

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