第17話「水族館」

 今日は五月五日、ゴールデンウィークの最終日で、僕の誕生日でもある。

 休みだった昨日と一昨日はバイトに精を出していたので、今日は思いっきり遊ぶことにしている。そう、絵菜と一緒に水族館に行く予定があるのだ。ずっと楽しみにしていた。

 昨日、日向が一日早く誕生日プレゼントをくれた。オシャレな薄い青のシャツだった。僕は今日それを着ていくことにした。


「あ、お兄ちゃんシャツ着てくれたんだね、うんうん、似合っててカッコいい!」

「ああ、ありがとう、せっかくだし着ようと思って」

 

 着替えてしばらくのんびりしていると、インターホンが鳴った。出ると絵菜が来ていた。絵菜は青のボーダーシャツ、ベージュのジャケット、紺のデニムパンツ、黒のスニーカーというファッションだった。うん、とても似合っている。


「お、おはよ」

「おはよう、じゃあ行こうか」


 日向と母さんに「行ってらっしゃーい」と見送られて、僕たちは駅前に向かった。駅前から電車に乗って、途中で乗り換えて一時間くらいかかる。電車の中では一緒に座って今日のこととか学校のこととか、色々話していた。


「団吉、これ覚えてる? 団吉が去年の誕生日にくれたネックレス、つけてきた。あとブレスレットも」

「ああ、そっか、つけてくれて嬉しいよ、似合ってるね。僕もブレスレットつけてるよ」

「ふふっ、嬉しい。今日が楽しみで眠れないかなって思ったけど、昨日はしっかり寝てたみたい」

「あはは、そっか、僕も楽しみにしてたよ」


 電車に揺られて一時間、僕たちは目的の駅に着いた。ここからバスに乗って十五分くらいのところに水族館はあった。なるほど、たしかに日向が友達同士で来るにはちょっと遠いかなと思った。


「昨日水族館について色々調べてたら、水族館デートは恋を加速させるとか書いてあった」

「そ、そっか、なんだろう、屋内なのがいいのかな」


 受付を済ませて、中に入る。絵菜がそっと僕の手を握ってきた。よく手はつなぐようになったが、やっぱり僕はドキドキしてしまう。

 中に入ると順路があって、その通りに進んでいく。まずはこのあたりの近海にいる魚が展示されているエリアのようだ。サバだろうか、大きな水槽に群れでたくさん泳いでいる。その中に大きな魚も一緒に泳いでいて、あれは食べてしまわないのだろうかと思ってしまった。


「すごいね、あれ大きな魚に食べられないのかな」

「どうなんだろ、ここにいるってことは仲が良いのかも」

「なるほど、そうかもしれないね」


 そのまま順路を進んでいく。クラゲがふわふわとたくさん泳いでいて、とても幻想的だった。その先に南国の魚やサンゴ礁がたくさん展示されているエリアがあって、大きな水槽と色とりどりの魚たちに僕たちは見とれていた。


「す、すごい、めちゃくちゃキラキラしてるね。あ、なんか語彙力が足りない気がしてしまった」

「ふふっ、私も同じようなこと思ったから、大丈夫だよ」

「そっか、もう少し魚のこと詳しかったらなぁと思うよ。でも水槽の前に解説が書いてあるから、ついつい読んじゃうな」

「さすが団吉だな、私も読んでるけど、よく分からないのもあるかも」

「まぁ、分からなくても泳いでいる姿には圧倒されるよね。感じたままでいいんじゃないかな」


 その先に深海の魚たちが展示されているエリアや、ラッコが泳いでいる水槽、イルカが泳いでいるプールがあった。


「ラッコだ、可愛いな、そういえばイルカのショーがあるみたいだね。そっか、ここはプールの下の方を見ているのか」

「ああ、上に行ったらショーが見れるんじゃないかな」


 イルカのショーが見れないかと思って、上の階に行ってみると、ちょうどショーが始まったばかりのようだった。僕と絵菜は観客席の真ん中の方に座ってショーを見ていた。飼育員のお兄さんお姉さんの合図でイルカが色々な動きを見せる。イルカがかなり高くジャンプできるのはどうしてなのだろうかと思ってしまった。

 イルカのショーを楽しんだ後、僕たちはまた順路を進んでいた。すると先にレストランがあるのが見えた。


「あ、お昼だし何か食べていこうか」

「うん」


 レストランに入り、海をイメージしたプレートのご飯を注文して、僕たちは席に着く。連休中ということもあってか、そこそこ人は多かった。


「すごいね、どこも綺麗で圧倒されてるよ」

「うん、そうだな、見てて面白い……あ、そうだ」


 絵菜がカバンをガサゴソと漁り始めた。急にどうしたんだろうか。


「いつ渡そうか迷ってたけど、ここで……団吉、誕生日おめでとう、これプレゼント。喜んでもらえるといいけど」


 絵菜がそう言って一つの包みを僕に差し出してきた。


「え、え!? あ、ありがとう……って、ご、ごめんね、気を遣わせたみたいで……」

「ううん、よかったら開けてみてくれるかな?」

「う、うん……」


 絵菜に言われるがまま、僕は包みを開けることにした。そこには――


「……こ、これは、ブックカバー!? あ、本も入ってる」

「うん、団吉は本が好きだから、革製のちょっといいブックカバーを選んでみた。中の本は最近出た推理小説らしいんだけど、私はよく分からなくて……もし持ってたらごめん」

「あ、いや、これは持ってないよ、ありがとう、すごく嬉しい」

「そっか、よかった、ぜひ使ってくれると嬉しい」

「うん、ありがたく使わせてもらうね」


 絵菜が僕のことを考えて選んでくれたんだなって思うと、とても嬉しかった。うん、本を読むときに大事に使わせてもらおう。

 昼ご飯を一緒に食べて、僕たちはまた魚を見て回った。絵菜はずっと優しく僕の手を握っていて、たまに絵菜の方を見るとニコッと笑いかけてくれて、僕はその度にドキドキしていた。そういえば初めてデートした時もこんな感じだったな。

 全部見て回った後、日向と母さんにお土産を買うことにした。絵菜も真菜ちゃんとお母さんのために買っていた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。帰りの電車の中で絵菜がウトウトしていたので、「寝ててもいいよ」と言うと、絵菜は僕の左肩に頭を乗せてきた。僕は絵菜からもらった本を読むことにした。冒頭からけっこう面白い話だった。

 それにしても、誕生日に好きな女の子と一緒にデートをするなんて、去年の今頃の僕に言っても信じてもらえないだろうなと思った。絵菜の可愛い寝顔を見て、またドキドキしている僕だった。

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