第15話「変化」

 暖かいというか昼間は少し暑さも感じるようになってきた。今日は祝日で学校は休みだ。

 僕はバイトを明日と明後日に入れていて、今日はのんびり……と思わせて、勉強をしておくことにした。課題もあるし、二年生になって新しく学ぶことも多く、これまでの復習もしておきたいと思ったからだ。一年生の時と同じく、学業が疎かになってはいけない。

 

 コンコン。


 部屋で勉強をしていると、扉をノックする音がした。僕が「はい」と言うと、日向が入ってきた。


「お兄ちゃん勉強してるの? さすがだねぇ」

「ああ、課題もあるし、復習もしておきたいと思ってな」

「はいはい! そんな真面目なお兄ちゃんに問題です! もうすぐ大事なイベントがやって来ますが、何の日でしょう?」


 大事なイベント? ていうか前にもこの質問あったな。僕はその時と同じようにちらりとカレンダーを見る。これから学校の休みが少し増えるくらいで、他は特に何も書かれていないように見えた。


「うーん、もうすぐ五月だけど、大事なイベントなんてあったっけ……」

「えー!? お兄ちゃん本気で分からないの? 大丈夫かな……お兄ちゃんの誕生日だよ」


 お兄ちゃんの誕生日? あ、そうだった。僕の誕生日は五月五日。だいたいはゴールデンウィークの最終日ということで、休みが終わってしまう悲しさが押し寄せてくる日だ。


「あ、そうだった、すっかり忘れてた、もうすぐ誕生日だな」

「ほんとに大丈夫? 勉強のしすぎでおかしくなったんじゃない?」

「そ、そんなことないよ、たまたま忘れてただけだよ……」

「うーん、そのたまたまがヤバいんだけど……まぁいいや、今年もちゃんと誕生日プレゼント考えてるから、楽しみにしててね!」

「そ、そうなのか、分かった、楽しみにしておくよ」


 日向が鼻息を荒くして力こぶを作った。本当にこのポーズ気に入ってるな。日向は毎年誕生日プレゼントを僕にくれる。お小遣いが特別多いわけでもないのに頑張るなと思う。ちなみに日向の誕生日は六月二十一日なので、ちゃんと僕もあげないといけない。

 それにしてももうすぐ誕生日か、一年って早いものだな。去年の今頃はまだ絵菜とも話してなかったし、一人でいることが多かった。学校もそんなに楽しくないと思っていたな。

 そんなことを考えている時、インターホンが鳴った。


「あれ? 誰だろう?」


 はーいと言いながら日向が玄関に向かう。しばらくすると「わぁ! ちょっと待っててください!」という日向の大きな声が聞こえてきた。なんだ? 知り合いだったのか?

 ドタドタと走る音が聞こえたと思ったら、僕の部屋に勢いよく入ってきた日向がいた。


「お兄ちゃんお兄ちゃん! 絵菜さんが、絵菜さんが!!」


 ああ、なるほど絵菜が来たのか……って、あれ? 来るとか聞いてなかったんだけどな。まぁいいか。それよりも日向は何を興奮しているんだろうか。


「お兄ちゃん早く、早く!」

「わ、分かったから、なんだよ?」


 日向に引っ張られるようにして玄関に行く。なぜ日向はこんなに急かすのだろうか。


「あ、絵菜、いらっしゃ――」


 そこまで言って、僕は声が出なくなった。たしかに絵菜がいたのだが、いつもと違っていた。


「だ、団吉、どうかな……これ」


 絵菜はそう言って頭を少し振った。絵菜の髪が揺れる。でも肩までの長さの金髪だったのが、耳が少し見えるショートヘアになっていた。金髪なのは変わらないが、長さが違うのだ。


「あ、あれ!? え、絵菜、か、髪が……」

「う、うん、長くなったから切ろうと思って、思い切って短くしてみた。金髪も綺麗にしてもらって……ど、どうかな?」

「あ、う、うん、か、可愛いよ、すごく似合ってる」

「うんうん、絵菜さんすっごく可愛い! めっちゃ似合ってます!」


 日向が大興奮で絵菜の手をとってぴょんぴょんと跳ねている。


「あ、ありがと……その、早く見てもらいたくて、帰りに来てみた」

「あ、なるほど、も、もしかしてびっくりさせたくて内緒にしてた……?」

「うん、そっちの方がいいかなって思って」

「そっか、うん、びっくりしたけど、ショートも可愛いね。なんか高梨さんが『可愛いー!』って言って抱きつくのが想像できるよ」


 僕がそう言って笑うと、絵菜もクスクスと笑った。


「――あら? あらあら、絵菜ちゃんじゃない、髪切ったのねーすごく可愛いわ、似合ってるわよー」


 奥から母さんが来てニコニコしながら絵菜を見ている。


「あ、ありがとうございます……ちょっと不安だったけど、切ってよかったな……」

「金髪も前よりもさらに綺麗になったかしら、あれ? ショートで金髪って芸能人でいた気がするわね。あ、そうだ、ちょうど絵菜ちゃんが来たなら、団吉の誕生日近くまでとっておこうかと思ったアレ、話してもいいわね。絵菜ちゃんちょっと上がってくれる?」


 母さんが絵菜に家に上がるように言う。絵菜は「あ、じゃ、じゃあ……おじゃまします」と言って靴を揃えて上がった。

 みんなでリビングに行くと、母さんが何かを探している。


「あれ? どこいったかしら……あ、あったあった。じゃーん、これ何でしょう?」


 母さんがそう言って何かを出してきた。ん? 紙のようなものだが……。


「ん? 何それ?」

「ふふふ、会社の人に水族館のチケットを二枚もらったのよー。せっかくだし団吉と絵菜ちゃんで行っておいでー。お母さんからの誕生日プレゼント……というのはちょっとずるいかしら」


 な、なるほど、紙のようなものは水族館のチケットだったのか。あれ? 僕と絵菜で行く……?


「え、そ、それは……嬉しいけど、日向の分がないというか……」

「ふっふっふー、お母さんと話して、お兄ちゃんと絵菜さんにプレゼントということになったんだよー。私のことはいいから、二人で行ってきてー」

「そうそう、ちょっと遠いから、日向とお友達を行かせるわけにはいかなくてねー、二人で団吉の誕生日にでも行っておいで」

「そ、そっか……じゃあ、いただいておこうかな……あ、ありがとう」


 母さんにお礼を言って、チケットの一枚を絵菜に渡した。


「あ、い、いいのかな……ありがと」

「うん、せっかくだし行ってみようか、ゴールデンウィークの最終日だけど、いい?」

「うん、大丈夫、楽しみにしてる」


 日向が「よかったねぇーお兄ちゃん」と言いながら頬をツンツン突いてくる。なんだか今日はびっくりすることの連続だ。ショートヘアになった絵菜を見て、可愛くてドキドキしていた。

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