第10話「ライバル」

 ある日、僕と絵菜はいつものように一緒に帰ろうと、玄関で靴を履き替えていた。

 あれから相原くんは学校に来たような、来てないような、でも大島さんが班のことは伝えたと言っていたので、どこかで来ていたのだろう。本当にいるのかいないのかよく分からない。


(相原くんはいつ学校に来てるんだろう……また出席日数がギリギリになるのでは……)


「……団吉? どうかした?」

「あ、ううん、なんでもない。じゃあ帰ろうか」

「――日車団吉先輩ですね?」


 帰ろうと玄関を出ようとした瞬間、後ろから声をかけられた。振り向くと見たことのない男の子がいた。


「は、はい、な、何か……?」

「あ、はじめまして、僕は一年一組の天野蒼汰あまのそうたといいます」

「あ、ど、どうも……二年五組の日車団吉です……」

「あなたの方が先輩なのですから、敬語じゃなくて大丈夫です。そんなことより、単刀直入に聞きます。東城麻里奈さんのことをどう思っているのですか?」

「え……?」


 急に東城さんの名前が出てきて、僕はびっくりして何も言えなかった。と、東城さん? どういうことだろうか。


「い、いや、どうって言われても……」

「あ、すみません、急に言われても混乱しますよね。僕は東城さんのクラスメイトです。あなたと東城さんが一緒にいるところを何度も見たので」


 な、なるほど、東城さんのクラスメイトか。うーん、たしかに学校で会うこともあるけど、さすがに毎日ではないし、何と答えたらいいものか……。


「う、うーん、たしかに仲良くはさせてもらってるけど、毎日会ってるわけでもないし……」

「……すみません、回りくどい言い方はやめにします。その、東城さんのこと、好きなのですか?」

「え!? い、いや、好きっていうかなんというか……その、友達としては好きというか」

「友達として……? 恋愛感情ではないということですか?」

「ま、まぁ……って、あんまり言うと東城さんにも失礼なんだけど、僕にはこちらの沢井絵菜さんがいるので……」

「えっ?」


 天野くんは僕と絵菜の顔を交互に見る。なんだろう、何が言いたいのかよく分からなかった。


「……そうですか、東城さんの気持ちも知らずに、他の女性と仲良くしているのですか」

「え、あ、いや、東城さんの気持ち……?」

「僕は中学の時から東城さんと一緒のクラスなのです。よく東城さんは日車先輩のことを話していました。それでどんな人か気になって見ていました」

「な、なるほど……」

「東城さんの気持ちに、本当に気がついてなかったのですか?」

「う、うーん、まぁ好意を持たれているというか、それが恋愛感情かどうかは分からないんだけど、仲良くはさせてもらってたつもりなんだけど……」

「仲は良いけど、恋愛ではない、そういうことですね?」


 う、うーん、そう言われればそうなんだけど、あんまり言うと東城さんにも悪いな……と思っていたその時だった。


「――あれ? 団吉さん! ……と、天野くん?」


 天野くんの後ろから声がしたので見ると、なんとその東城さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「あ、東城さん、こ、こんにちは」

「こんにちは! あれ? ここで何してるんですか? 天野くんと知り合いでしたっけ?」


 東城さんが僕と天野くんの顔を交互に見る。何と言ったらいいのか迷って天野くんを見ると、どこか顔が赤くなっているように見えた。


「な、なんでもないよ……」

「えー、なんでもないことないでしょ、なに、天野くん私に言えないことなの?」

「……だ、だって! 東城さん、いつも日車先輩のこと話すから、その、それが面白くなくて……どんな人か気になって、その……」


 天野くんがつまずきながらもぽつぽつと話す。あれ? この感じどこかで……と思ったら、高梨さんも火野と付き合う前に『火野くんが女子にキャーキャー言われてて、その、それが面白くなくて……』と言っていたことを思い出した。

 ということは、天野くん、もしかして……


「団吉さんは、私の大事なものを拾ってくれた、私の大事な人なの。前にも話したでしょ?」

「そ、それは……その……東城さんが、日車先輩のこと好きなんじゃないかって、き、気になって……」

「うん、好きだよ。でも団吉さんには絵菜さんっていう大事な人がいるの。それは私もちゃんと分かってる」

「そ、そっか……僕何考えてたんだろ……勝手に面白くないって思って、日車先輩のこと恨めしいって思って……」


 そっか、天野くんは、東城さんのことが好きなんだな。さすがにニブい僕でも分かる。けど東城さんが僕の話をするのが面白くなかったのだ。なんだろう、ある意味恋のライバルとして見られていたのだろうか。


「日車先輩、すみませんでした。急に変なこと言ってしまって」

「あ、いや、大丈夫……その、なんというか、僕も曖昧なこと言ってしまってごめんね」

「いえ、そんなことないです。日車先輩には沢井先輩がいるって知れただけでもよかったです」


 天野くんが僕と絵菜を交互に見てくる。絵菜は恥ずかしいのか少し俯いていた。


「……よし! 何かよく分からないけど、天野くんちゃんと謝れてえらいね!」


 東城さんが天野くんの頭をよしよしとなでている。天野くんは顔を真っ赤にして「あ、う……」と何も言えないでいた。


「と、東城さん、よ、よかったら、一緒に帰らない……?」

「うん、いいよ。団吉さん絵菜さん、どうもご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」

「あ、いや、大丈夫だよ、その、二人とも仲良くね」

「はい! じゃあ天野くん帰ろっか、それでは失礼します!」


 二人は僕たちにお辞儀をして、先に玄関を出て行った。


「な、なんか、不思議な感じだけど、これでよかったんだよな……」

「ふふっ、団吉は恋のライバルだったんだな」

「そうだね、どうやらそんな感じだったみたいで……うーん、なんか恥ずかしいというか」

「でも、団吉はやっぱり優しいな、東城のことも、天野のこともちゃんと考えて話してる」

「そ、そうかな、まぁ、天野くんにも頑張ってほしいな」


 誰かを好きな気持ちって、やっぱり大事で素敵なものだと思う。二人の背中を見て、これからも仲良くしてほしいなと思った。

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