第5話「体の調子」

 始業式から一週間と数日が経ち、今日は金曜日。明日は土曜日なので休みだ。

 いつものように朝食を食べ、学校へ行く準備をする……のだが、どうも喉の奥の方がチクチクする。なんだろう、寝ている時に口で呼吸してしまったのだろうか。


「じゃあ、そろそろ行ってきま……ケホッケホッ」

「いってらっしゃい……って、お兄ちゃんなんか咳してない?」

「ああ、なんだか喉の調子がおかしくて……うーん何もしてないんだけどなぁ」

「えっ、何だろう、無理しない方がいいんじゃない?」

「まぁ、今日行けば明日は休みだから大丈夫だよ、行ってきます……ケホッケホッ」


 そう言ってまたいつものように学校へ行き、午前中の授業を受ける……のだが、喉の違和感がだんだんと強くなってきた。唾を飲み込むと喉が痛い。そして頭が少しボーっとする。先生の話が聞き慣れない呪文のように聞こえた。

 何とか午前中が終わり、弁当を持って学食へ行く。やはりボーっとする。火野と高梨さんと絵菜がいたので、座って食べ始めようとする。


「――団吉、団吉?」

「え?」

「どうした? 弁当食べずにボーっとして……って、顔真っ赤じゃねぇか!?」

「あれ!? ほんとだ、日車くん大丈夫!? 顔真っ赤だよ、熱があるのかな」

「あ、ああ、朝から喉の調子がおかしくて……ケホッ、なんか頭もボーっとしてきて食欲もなくて……」

「お、おい、やべぇなそれ、ここにいる場合じゃねぇぞ」

「だ、団吉、保健室行こ? 私ついていくから」

「おう、それがいいな、でもぞろぞろついて行ったら迷惑になるかもしれねぇ、沢井お願いできるか?」

「うんうん、早く行った方がいいよ、絵菜、日車くんをお願い。お弁当とかは私たちが教室に持って行くから」

「う、うん、団吉立てる? 少し歩くけど、捕まっていいから」


 絵菜に支えられて、何とか立ち上がり保健室までゆっくりと歩いて行く。保健室までの道のりが遠く感じた。あれ? こんなに遠かったっけ……。

 保健室の扉を絵菜が開く。奥から「あら? どうしたの?」と声がした。


「す、すいません、二年の沢井……です。あの、団吉……日車くんが顔が真っ赤で頭もボーっとするって……」

「あら、分かったわ、そっちのベッドに連れてきてくれる? ゆっくりでいいわよ」


 そう言ったのは、保健の北川詩織きたがわしおり先生。けっこう美人で優しくて人気もあるのだが、なぜか独身なのは私生活か本当の性格に問題があるのではないかと生徒の噂になっている。もちろん本人に言うと怒られるので誰も言わない。大西先生以上に独身のことはタブーなのだ。

 でも、今はどうでもよかった。頭がクラクラする。何とかベッドに腰掛けることができた。


「座っているときついでしょう、横になっていいわよ。まず熱を測りましょうか」


 北川先生に言われるがまま、僕はベッドに横になる。ほんの少しだけ楽になったが、顔も体も熱い。絵菜が布団をかぶせてくれた。


「……うーん、三十八度二分、けっこう熱があるわね、朝からなの?」

「い、いえ、朝は喉がちょっとおかしいなと思ったのですが……だんだんときつく……なってきて……」

「なるほど、ちょっと無理し過ぎよ、お昼は食べた?」

「い、いえ、ほとんど食べられなくて……ちょっと吐き気も……してきたような」

「分かったわ、袋は枕元にあるから、気分が悪くなったらいつでも吐きなさい。とりあえず頭と体を冷やしておくわ。お家に誰かいる?」

「い、いえ、母は仕事で、妹はまだ学校なので誰も……」

「そう、もしかしたら胃腸炎の可能性もあるから、早めに病院に行った方がいいけど、迎えに来れる人がいないのね……」

「あ、あの、私、授業終わったら団吉……日車くんを病院に連れて行きます」

「……分かったわ、沢井さんね、とりあえず今は動くのもきついだろうからここで寝かせておくわ、放課後また来てくれる?」

「は、はい……」


 北川先生がパソコンをポチポチと何か操作している。


「名簿を見たわ、日車団吉くんね、二年五組か、大西先生には私から伝えておくわ。沢井さんは申し訳ないけど、放課後日車くんの荷物を持って来てくれる?」

「は、はい……あの、大丈夫……でしょうか」

「大丈夫よ、一応解熱剤も飲ませておくわ、少し寝たら楽になるかもしれないから、それから病院に連れて行ってね」

「は、はい……分かりました」


 絵菜が僕の左手をぎゅっと握って、保健室を後にした。その後のことはあまり覚えていない。僕はどうなるんだろうという不安だけがあった――



 * * *



 しばらく寝ていたのだろうか、目が覚めると隣に絵菜が座っていて、僕の左手を握っていた。


「あ、団吉起きた?」

「あ、う、うん、あれ? 絵菜がいる……授業は?」

「もう放課後だよ、私もさっき来たとこ。荷物持ってきた。体調どう?」

「う、うーん、まだ体が熱いけど、少しスッキリしたかな……」

「あ、起きたわね、熱を測っておきましょうか」


 北川先生が来て、体温計を渡される。そうか、昼休みからずっと寝ていたのか。


「……三十七度九分、少し下がったけどまだあるわね、病院に行った方がいいわ、動けそう?」

「あ、はい……たぶん大丈夫だと思います」

「団吉、駅前まで歩ける? 駅前に病院があったはず。私一緒に行くから」

「う、うん、ありがとう……ゆっくりならたぶん大丈夫」

「気をつけてね、ゆっくり歩くのよ。きつくなったら休憩しなさいね」


 北川先生にお礼を言って、保健室を後にする。ゆっくりしか歩けないので駅前までの道のりも遠く感じた。でも保健室に行った時よりはまだ動けるみたいだ。

 駅前の病院に着く。受付を済ませて、問診票は絵菜が書いてくれた。歩いてきたせいかまた少しクラクラする。

 診察の結果、風邪ということだった。季節の変わり目で多いみたいだ。胃腸も少し弱っているので、胃腸薬と風邪薬と解熱剤と頭痛薬を出してもらった。


「絵菜、ごめんね……こんな時間になってしまって……」

「ううん、団吉が心配で帰れないよ。家まで歩ける?」

「あ、ありがとう、ゆっくりなら何とか……」


 絵菜に左腕を支えてもらって、何とか家までの道のりを歩いて行く。よく通っている道だが、今日はあまり景色が目に入って来なかった。うう、まさか風邪をひいてしまうなんて……絵菜やみんなに迷惑をかけてしまった。この後僕はどうなるんだろう……。

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