第3話「本好き」

 始業式の次の日、早速二年生の授業が始まった。もう少しゆっくりと始まってほしいものだが、仕方ない。

 最初は一年の復習も含まれるため、普通に授業についていくことができた。まぁ最初から飛ばしてもきついだけだよなと思う。

 午前中の授業が終わり、昼休みになる。以前は昼休みになった瞬間に教室から飛び出し、一人になっていたものだが、今は違う。昼ご飯を一緒に食べる友達がいるのだ。僕は弁当を持って学食へ行く。奥の方に火野と高梨さんと絵菜がいるのが見えた。


「おーっす、お疲れ、今日から二年の授業始まっちまったなぁ」

「ああ、でも最初だからそんなに難しくなかった。まぁそんなもんか」

「やっほー、さすが日車くんだねぇ、これから難しくなっていくのかなぁ。もう日車くんと一緒のクラスじゃないからなかなか教えてもらえないよー」

「俺もだ、テスト前とか超不安になりそうだぜ……」

「文系と理系だから、テスト範囲もきっと違うよなぁ、これまでみたいに僕が教えるってことがしにくいかもしれないなぁ」

「わ、私は団吉と一緒だから、また教えてもらいたい……」

「うん、いいよ、僕ができることならぜひ」


 僕がそう言うと、絵菜はホッとしたような表情を見せた。


「いいなぁ団吉と沢井は。俺も理系にすればよかったかなー」

「あはは、まぁ教えられることがあったら教えるよ。そういえば火野と高梨さんは誰かクラスに知り合いいた?」

「俺は偶然にも中川と一緒だったぜ。他にもサッカー部の奴らがちらほらと。話せる奴が多くてよかったよ」

「いいなー私はあまりいなかったなぁ。あ、バスケ部の子が一人一緒だったよ。日車くんと絵菜は?」

「僕は大島さんが一緒だったよ。また学級委員になってた。まぁ、僕もなってしまったんだけど……」

「私は杉崎と木下が一緒だった。杉崎が休み時間になると毎回やって来る……」

「そっかー、いいなぁいいなぁ。それにしても日車くん学級委員だなんてすごいねぇ、ほんとに神にでもなるつもり?」

「い、いや、一般人だから……大島さんにハメられた気もするけど、なってしまったものは仕方がないかなと」

「まぁ、団吉なら十分やっていけるだろ、色々大変かもしれねぇけど」

「ありがとう、まぁ頑張ってみるよ」


 火野が言った中川というのは、中川悠馬なかがわゆうま。火野と同じサッカー部で、茶髪のイケメン。なぜサッカー部にはイケメンが集まるのか分からないが、中川くんも女子に人気がある。本当に羨ましい。一年の時は別のクラスだったが、火野と一緒になったようだ。

 ふと隣の絵菜を見ると、『大島と代わりたい……大島と……』とブツブツつぶやいていた。や、やはり別のクラスになったことが悔しいのかもしれない。



 * * *



 昼ご飯を食べ終わってしばらく話してから教室に戻ると、隣の席の女子が本を読んでいた。


(あ、本読んでるな……僕も読もうかな)


 そう思って席について本を取り出し、読むことにする。そういえば木下くんに本を返さないといけないなと思った。

 しばらく本を読んでいると、


「あ、あの……」


 と、隣から声をかけられた。見ると本を読んでいた女子がこちらを見ている。この子はたしか富岡愛莉とみおかあいり。一年の時は別のクラスだった。パッと見はあまり派手なことはしないおとなしそうなイメージの子だった。


「ん? どうかした?」

「あ、いえ、その……何の本、読まれているのですか……?」


 あれ? なぜ敬語なんだろう? と思ったが、まぁ口癖という可能性もあるので、気にしないことにした。


「ああ、これは『RE:ゼロから始める社畜生活』っていう小説で、大学を卒業した主人公がとある企業に就職するんだけど、超個性的な同僚や先輩に振り回されて、いつの間にか自分も社畜になっていくという現代ドラマのようなそうでもないような面白い小説だよ……はっ!?」


 しまった、本のことになるとつい饒舌になってしまう悪い癖が出てしまった。ドン引きしてないかとおそるおそる富岡さんを見ると……


「ああ、聞いたことあります……! たしか今度アニメ化されるって聞いたような気がします」


 よかった、ドン引きはしていないみたいだった。聞いたことのある小説なのもよかった。


「うん、たしか今年の夏にアニメが放送されるって言ってたね」

「はい、けっこうよく聞くし、アニメ観ようかなぁって思っていたのです……!」

「そっか、僕も観てみるつもりだよ。富岡さんは何の本読んでるの?」

「えっ!? あ、いえ、これは、その……」


 なぜか急に慌て出す富岡さんだった。本はカバーがしてあるので表紙が見えないが、なんだろう、人に言えないような本なのだろうか?


「あ、ご、ごめん、言いたくなかったら言わなくても大丈夫だから……」

「い、いえ、その……あっ!」


 その時、富岡さんが手を滑らせて本を落としてしまった。僕の近くに来たので僕が拾って富岡さんに渡す。しかし偶然にも本のタイトルと挿絵が見えてしまった。一瞬のことだったが僕には本をかぎ分ける能力があるみたいだ。これが絵菜の言う秘めた力だろうか。


「あ、ありがとうございます……その、もしかして見えました……?」

「あ、ごめん、ちょっと見えてしまった……僕はそのジャンルは読まないけど、どういうものかは知ってるよ。そのタイトルも聞いたことがあるよ、有名だよね」

「ああ、そうだったのですね……! この『純情アンバランス』も今度アニメ化されるって聞いて、楽しみにしているんです。主人公の男の子のバイト先にとってもカッコいい先輩がいるんですけど、この先輩が個性的で色々教えてもらううちに主人公にも気持ちの変化が出てきて、友達も巻き込んであれやこれやで……はっ!?」


 あ、タイトル言っちゃった。そう、富岡さんが読んでいたのはBL(ボーイズラブ)小説だった。僕はこのジャンルは読まないけど、どういうものかは知っている。男と男の友情物語。いやそのアバウトな解釈もどうかと思うが。


「ご、ごめんなさい、ドン引きしましたよね……」

「いや、大丈夫だよ、どんなジャンルでも本は読み出すと止まらないからね、気持ちすごくよく分かるよ」

「はい……! 本読むの好きなので、止まらないです……!」


 本や小説のことになると饒舌になるところが僕と似ているなと思った。木下くんもそうだが、本好きが増えてくれるのは嬉しい。なぜ敬語なのかは分からないままだったが、富岡さんとは本の話ができそうだなと思った。

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