第1話「始まり」

 桜が咲き誇る四月……なのだが、早いものでもう散り始めているところもある、そんな春。

 今日から新学期。僕、日車団吉ひぐるまだんきちは高校二年生になる。本当に楽しかった一年生が終わって、また新しい一年がスタートするのかと思うと、少し楽しみなところもあった。

 いつものように学校に登校する。玄関で靴を履き替えると、その先に人だかりが見えた。おそらく新しいクラスが貼り出されているのだろう。

 僕もその人だかりに混ざる。掲示板を見ると新しいクラスの一覧に名前がずらずらと書かれてあった。


「あ、団吉おはよ」


 右から声をかけられたので見てみると、沢井絵菜さわいえながいた。一年生の時のクラスメイトで、髪は肩までの長さの金色で、スカートは少し短く、化粧も少しだけしている。パッと見は派手っぽく見えてしまうが、決してそんなことはない。そして僕の大事な人だ。


「あ、おはよう、新しいクラス見た?」

「ううん、まだこれから。なんとか団吉と同じクラスになれるように念を送っているとこ」

「あはは、うん、また同じクラスになれるといいなぁ」


 とりあえず二人で自分の名前を探すことにした。二年生からは文系と理系でクラスが分かれるので、一組から四組までが文系、五組から八組までが理系になっているようだ。僕と絵菜は理系で希望を出していたので、後ろの五組から見ることにする。

 五組……日車……あ、あった。僕はどうやら五組のようだ。


「あ、あった、僕は五組みたいだよ」

「……ない、私、ない……」


 え? と思ってもう一度五組の名前を見てみると、たしかに絵菜の名前がなかった。ということは――

 

「私、六組だった……」


 ぽつりとつぶやいた絵菜が思いっきり落ち込んでいるように見える。六組の中にたしかに絵菜の名前があった。そうか、一緒のクラスにはなれなかったか……。


「そっか、一緒にはなれなかったか……すごく残念だけど、仕方ないね」

「うう……私どうやって生きていけばいいんだろ……」

「え!? だ、大丈夫だよ、クラスは分かれちゃったけど、昼休みとか会えるんだし、ほら、帰りも一緒に帰ろう?」


 落ち込んでしまった絵菜をなんとか励ましながら、二人で二階の新しい教室へ向かう。五組と六組なので教室は隣同士だ。


「じゃあ、僕ここだから、また後でね」

「うん……」


 しょんぼりした絵菜と別れるのが心苦しかったが、なんとか心を鬼にして五組の教室に入る。一年の時に同じクラスだった人がいるのかなと思いながら自分の席を探す。


「あら、日車くんも五組なのね、一緒ね」


 自分の席に着いた途端話しかけられた。顔を上げるとそこには大島聡美おおしまさとみがいた。大島さんは一年の時のクラスメイトで、勉強が出来て学級委員もしていた優等生。なぜか勝手にライバル視されているところがあるけど、気にしないでおこう。


「あ、大島さんも五組なんだね、よかった知ってる人がいて」

「そ、そうね、私も嬉しいわ」


 大島さんがそう言った後、小声で「日車くんと一緒になった……ふふふふふ」とつぶやいているのが聞こえてしまった。そんなに嬉しかったのだろうか。


「そういえば、沢井さんは一緒じゃないのね」

「ああ、絵菜は六組になってしまったよ」

「そう、それは残念ね……」


 残念と言いつつ、大島さんがニヤリとしたような気がしたのは気のせいだろうか。

 周りを見回してみると、何人か一年の時に同じクラスだった人がいるみたいだ。この中に絵菜もいれば……と思うが、過ぎてしまったことを言うのはここまでにしておこう。


「おーい、そろそろ席についてくれー」


 先生が来てみんな席に着く。……あれ? どこかで聞いたような声だな?


「さーて、この五組の担任になった大西浩二おおにしこうじだ。みんな一年間よろしくなー」


 なんと、担任は一年の時と同じく大西先生だった。なんか新鮮味に欠ける……と言うと大西先生に失礼なので言わないでおこう。でも知っている先生だとありがたいなと思うところもある。大西先生は熱い人だが、生徒のことをよく見てくれているいい先生だ。僕や絵菜のこともいつも一人でいたことを心配してくれていた。独身なのは突っ込んではいけない。


「今日はこの後全校集会があって、その後ホームルームがあって終わるわけだが、今日中に学級委員だけでも決めておきたくてなー。みんな考えておいてくれ」


 なるほど、学級委員か、一年の時は大島さんがやっていたな。二年は誰がやるんだろうか。

 そんなことをのんびり考えながら、全校集会で校長先生の長い話を聞き、またクラスに戻ってきてホームルームが始まった。


「さて、さっき話した通り、学級委員を決めておきたいと思う。誰か立候補する人はいないかー?」


 教室が少しざわざわする。うーん、学級委員をやりたい人なんていな――


「はい、私がやりたいです」


 窓際の席から声が上がる。なんと大島さんが右手を挙げているではないか。え? 二年もまたやるつもりなの?


「おー、大島は一年の時も学級委員してくれたな、大島なら安心して任せられるんだが、いいのか?」

「はい、任せてください。その代わり、男子に立候補がいなかったら推薦したいのですが、いいですか?」

「分かった、男子に立候補者がいなかったら大島の意見を聞こう。男子は誰かいないかー?」


 また教室が少しざわざわする。そうだった、男子も学級委員がいるんだった。あれ? 一年の時誰だったっけ?


「うーん、誰も手が挙がらないな……それじゃあ大島の意見を聞こうか」

「ありがとうございます。私が推薦したいのは――」


 大島さんが立ちあがり、推薦したい人を言おうとしている。教室がしんと静まり返った。誰だ、誰のことを言うつもりなのか――


「――日車くん、お願いできるかしら」


 大島さんは日車くんという名前を言った。なるほど、日車くんか……って、ええっ!?


「え、え!? ぼ、僕!?」


 慌てて変な声が出そうになったが、なんとか普通の声になってホッとした。いや、そうではない。男子の学級委員が、僕……?


「そう、あなたよ。日車くんは成績も優秀だし、人に優しくできるし、学級委員できると思うんだけど」

「なるほどー日車か、うん、いいんじゃないか。日車ならちゃんとやってくれるだろう。日車、お願いできるか?」

「え、あ、その、いきなりのことで何が何だか……」

「なによ、もしかして私と一緒じゃ嫌ってこと?」

「え!? い、いや、そういうわけでは……わ、分かりました……」

「よし、決まったな! 男子は日車、女子は大島ということで。一年間よろしくなー」


 周りからパチパチと拍手が聞こえてきた。たぶん「よかった、俺ならなくて」とみんな思っているに違いない。

 それにしても、とんでもないことになってしまった。僕が学級委員なんてできるのだろうか。不安しかないのだが。人に頼まれると断れないこの性格も良し悪しだなと思った。

 そんな中、大島さんが「日車くんと一緒に学級委員……ふふふふふ」とニヤニヤしていたことを、僕は知らなかった。

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