第92話「最後の戦」
1年生最後の定期テストの日がやって来た。
僕は今までと同じく、バッチリと準備をしてきたつもりだ。この一週間くらいはみんなで放課後教室に残り、勉強をして帰っていた。相変わらず大島さんと杉崎さんの距離が近くて、その度に絵菜が面白くなさそうな顔をするので、僕はフォローが大変だった。
でも、最後はみんなで赤点をとらずに気持ちよく終わりたいものだ。
「じゃあ、テスト始まるから荷物を廊下に出してくれー」
大西先生の一言で、みんな荷物を廊下へ出す。もしかして……と思っていたら、前と同じように置くところに迷っている絵菜がいた。
「絵菜、こっちこっち、ここに置いておこうか」
僕は絵菜を呼んで、二人分のスペースをとった。絵菜はホッとしたような表情を見せて、荷物を置く。
「ありがと、最後も頑張る、赤点とらないように」
「うん、最後だし頑張ろうね」
絵菜が右手を出してきたので、僕も右手を出してグータッチをする。これも前と同じだ。
「おーい日車、何やってんのー? あ、テスト前に気合い入れてるのか? あたしもやっていいかー?」
杉崎さんがやって来て右手を出す。三人でグータッチした。
「あははっ、気合い入った気がする! 姐さん頑張りましょうね!」
「う、うん、頑張る……」
杉崎さんが絵菜の手を取ってブンブンと振っている。だ、大丈夫かな……。
最後のテストが始まる。みんな赤点だけはとらないようにと、心の中で祈った。
* * *
数日後、いつものようにテストの結果が全部出揃った。
僕は学年で5位だった。前回と変わらない順位だった。本当に上位陣は化け物揃いだ。なかなか入り込むのは大変だなと思った。
前回98点だった数学は、今回は100点を取り戻した。これだけでも満足だ。前回ほどではなかったが、今回も数学は難しかったようで、平均点も少し低かった。100点を取った人は学年で3人いると大西先生から聞いた。たぶん上位の誰かだろう。
「おーっす、団吉何位だ……って、げっ、また5位なのかーすげぇな、俺は129位だったよ。今までで一番よかったぜ!」
昼休みになり、火野がやって来て僕の成績を見て大きな声を出した。
「おお、よかったな、数学もよくできてるじゃないか」
「おう、団吉のおかげだな、サンキュー。しかしいつも団吉に頼ってばっかで、俺は何もできてないなぁ」
「いやいや、そんなことないよ。火野には感謝してるから」
友達がほとんどいなかった時から、火野だけは僕のことをちゃんと友達として見てくれていた。それだけで十分だった。
「やっほー、日車くん5位なの? すごいねぇ、私は104位だったよ。私も今までで一番よかったよー」
隣の席から高梨さんが覗き込んできた。高梨さんからふわっといいにおいがして僕はドキッとしてしまった。はい神様、僕は変態確定です。
「げっ、また俺は負けたのか……くそーこの戦、2年になったら負けねぇ!」
「ふっふっふ、どんな戦でも負けないよー」
「さ、最後まで戦の意味が分からなかった……」
火野と高梨さんがケラケラ笑っていると、ツンツンと背中を突かれた。振り返ると絵菜が立っていた。
「団吉5位なのか、やっぱりすごい……」
「うん、なんとか頑張ったよ。絵菜はどうだった?」
「私は99位だった、今までで一番よかった」
「ええっ!? え、絵菜に一度も勝てなかった……」
「な、なんだってー!? さ、最後まで俺が一番下なのか……」
勝手に落ち込む二人の姿も最後まで変わらなかった。それを見て僕が思わず笑ってしまうと、みんな笑った。
「あー笑った。まぁ、みんな赤点もなかったみたいだし、これでよかったんだよなぁ」
「そうだな、みんな無事に2年生になれそうでホッとしてるよ」
そこまで言ったところで、僕はハッとした。赤点をとりそうな人が一人いることに気がついたのだ。おそるおそる右を見ると、杉崎さんが下を向いて動いていなかった。
「す、杉崎さんはどうだった……?」
「日車、あたし、あたし……」
杉崎さんが少し震えているようにも見えた。も、もしかして赤点があったのか?
「……やったー! 180位と今までで一番よかったし、赤点もなかった! ちょーマジでヤバい、ヤバすぎるんだけど!」
杉崎さんが僕の右手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。わ、分かったから落ち着いて……。
「そうかー、あ、数学もよくできてるね、本当によかった」
「ああ、マジでヤバい、あたしバカだから無理ーってなってたんだけど、日車のおかげだよーありがとー!」
「わ、分かった、杉崎さん、ち、近――」
その時、僕の左腕も誰かに掴まれた。見てみると絵菜が面白くなさそうな顔でぎゅっと握っていた。
「あ、姐さんごめんなさい! 姐さんは何位でしたか……え、99位!? ちょーヤバい!」
杉崎さんから『ヤバい』をめちゃくちゃ聞いたなと思った。本当のヤバさが分からなくなる。
「ひ、日車くん5位なのか、や、やっぱりすごいね」
「あ、木下くんありがとう、木下くんはどうだった?」
「ぼ、僕は62位だったよ、僕も今までで一番よかったよ。す、数学と物理がよくできてた。日車くんのおかげだね」
「そかそか、うん、お役に立てたようで嬉しいよ」
「よし、これでみんな気持ちよく2年に上がれるな! あれ? なんか忘れてる気がするんだが、なんだろ?」
「ああ、僕もちょっと思ったけど、なんだろう……?」
何かを忘れている気がしたが、思い出せないのでスルーして昼ご飯を食べに行くことにした。
そう、この場にいなかったのは――
「なんで……なんで私は日車くんに勝てないの……」
後から聞いたのだが、大島さんは10位だったらしい。火野の声が聞こえてきて一人で落ち込んでいたそうだ。
ま、まぁ、とにかくみんな赤点もなく、無事に2年生になれそうでホッとした。最後のテストも終わって、みんな解放感でいっぱいだった。
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