第86話「お泊まり会」

 バレンタインデーの2日前の土曜日、朝から日向がバタバタと掃除をしていた。

 今日は絵菜と真菜ちゃんが遊びに来る。そのまま明日まで泊まるらしい。僕は平日と来週の土日にバイトを入れて、今日と明日は空けておいた。僕も楽しみにしているのか、準備万端なのはここだけの話だ。

 昨日の夜、母さんと絵菜たちのお母さんが電話で話していたみたいだ。『絵菜ちゃんと真菜ちゃんのお母さん、丁寧で優しい感じねー。今度ランチに誘ってみようかしら』と、なぜか母さんがウキウキだった。

 昼ご飯を食べた後のんびりしていると、インターホンが鳴った。出ると絵菜と真菜ちゃんが荷物を持って来ていた。


「いらっしゃい、どうぞどうぞ、上がって」

「お、おじゃまします」

「おじゃまします、お兄様、今日と明日お世話になります」

「いえいえ、なんか二人が明日までうちにいるって不思議な感じがするよ」


 二人をリビングに案内すると、日向が温かいお茶とお菓子を持ってきた。


「いらっしゃいませー、お二人ともお待ちしておりましたー。ささ、温かいお茶をどうぞー」

「おーい、やっぱりどこかのお店みたいだなぁ」


 僕と日向のやり取りを見て、絵菜と真菜ちゃんはクスクスと笑った。相変わらずだなと思われてそうだなぁ。


「二人ともいらっしゃい、ゆっくりしていってね」

「あ、おじゃまします、すみません二人で来てしまって……」

「いいのいいの、娘が増えたみたいで嬉しいわ〜、団吉は男一人で肩身が狭いかもしれないけど」

「た、たしかに、男は僕一人ってかなり不利なのでは……」

「大丈夫だよお兄ちゃん、お兄ちゃんは女性に囲まれて嬉しいでしょ?」

「まあまあ、今日はお兄様の奪い合いになりそうですね」

「え!? あ、あのー、僕は生きて帰れるのでしょうか……」


 僕がぽつりとつぶやくと、みんな笑った。うう、とんでもない状況になってしまった気がする……。

 それからみんなでゲームをして楽しんだ。有名なキャラクターがたくさん出てくる格闘ゲームだが、4人でできるのでかなり盛り上がった。ババ抜きの時は負けまくってしまった僕だったが、ここでは男らしく優位に立つ……と思わせて、意外と絵菜が上手で、けっこうギリギリの戦いだった。


「絵菜上手だね、やったことあるの?」

「前作を少しだけやったことあるかな、操作も分かりやすいから面白いな」

「うー、お兄ちゃんに負けるのが悔しい……」

「私もお兄様には負けたくありません……」

「え!? な、なんで僕はこんなに狙われているの?」


 なぜか3人が一丸となって僕を倒そうとしてくる。あの、これ個人戦なんですが……とりあえず男としての威厳を保つためにも負けられない僕は必死に頑張り、なんとか勝ち越すことができた。


「みんな盛り上がってるわね、そろそろご飯よー」

「あ、はーい! ああおもてなしおもてなしー」


 日向がバタバタと夕飯の準備に動く。僕も手伝う。今日の夕飯は炒飯や餃子や青椒肉絲など中華で攻めたみたいだった。相変わらず母さんたくさん作るなぁ。


「さあさあ、みんなたくさん食べてねー」

「い、いただきます……あ、すごく美味しい」

「ほんとだ、すごく美味しいです、炒飯もパラパラしてる」

「そう? よかったー二人の口に合うかなぁって心配だったのよー。ふふふ、二人増えると賑やかになるわね」


 みんな美味しいを連発する楽しい夕飯となった。母さんの言うとおり、二人増えるとさらに賑やかになった感じだ。クリスマスイブの時もそうだったが、いつもと違う夕飯もいいものだなと思った。

 夕飯を食べ終わった後、テレビを見ながらみんなで談笑した。日向が、「これからメロディスターズのみんなが出るみたいだよ」と言うので、その番組を見てみることにした。これも地方のローカル番組のようだ。


「あ、東城さん出てる! すごいなーテレビに出るなんて」

「ほんとだね、学校の時と違ってアイドルの顔も可愛いなぁ」

「ほんとだ、可愛いね。東城さんは学校でもアイドルらしくモテるのか?」

「んー、モテるかどうかは分からないけど、とっても丁寧で可愛いのはそのままかな!」


 日向と真菜ちゃんが楽しそうに話をしていると思ったら、どうやら東城さんにテレビを見ていることをRINEで伝えたらしい。『わあ! 見てくれてありがとう!』と返事が来たそうだ。

 それはいいのだが、さっきから絵菜がなぜかおとなしい。じっとテレビを見ているようにも見えた。


「絵菜? どうかした?」

「あ、いや、その……団吉が可愛い東城のこと好きになってしまわないかと、ちょっと心配になって……」

「え!? い、いや、僕はその、絵菜が好きだから……」

「あ、ありがと、私も団吉が好き……」


 だんだんと顔が熱くなってきた。ハッとして前を見ると、日向と真菜ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。な、なんかいつものことになってきたがやめてくれ、赤くなってるはずだから恥ずかしすぎる……。


「みんな、その番組終わったら順番にお風呂に入ったら? お母さんは一番最後に入るから」

「あ、はーい、どうしよう、そうだじゃんけんしよっか!」


 日向がじゃんけんでお風呂の順番を決めようと言う。僕はまだ気づいていなかった。顔が熱くなるのはまだまだこんなものじゃないということを……。

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