第85話「メガネ」

「なー、午前中のとこで分かんないとこあるんだけど、日車教えてくれない?」


 ある日の昼休み、昼食を食べ終わって教室に戻ると、隣の席の杉崎さんから話しかけられた。


「うん、いいよ、どこが分からないの?」

「サンキュー、ここなんだけどさー」


 杉崎さんが机をくっつけて僕に聞いてくる。相変わらず距離が近い。や、やばい、絵菜に見られてないかなと思ってそっと後ろを見てみたが、席には戻っていないみたいだった。


「ああ、ここはこうして、こうやって……」

「おお、なるほど分かりやすい! さっすがー、日車教えるのうまいなー、先生になれるんじゃないかーなんちって」

「うーん、なるほど先生か、将来先生になるのも悪くないかも」

「あははっ、日車ならいい先生になりそうじゃん? あ、でも生徒の胸は見るんじゃないぞー、あたしのは見てもいいけどな、ほれほれ」

「なっ!? 杉崎さん、自分で見せようとしないで……」

「あら? 二人で勉強?」


 声をかけられたので前を見ると、大島さんがニコニコしながら覗き込んできた。


「あ、うん、杉崎さんが分からないところ教えてあげてるとこ」

「大島ー、日車があたしの胸ばかり見てくるんだー、まぁあたしそこそこあるけどさー」

「なっ、日車くんそんな目で杉崎さんのこと見てたの? いやらしい……」

「ちょ、ちょっと待って! 見てないよ! なんか杉崎さんが近いけど……」

「まぁ、日車くんも男だからね、胸に興味があってもおかしくないよね。でも杉崎さんたしかに大きいな……くそ、私よりある……ブツブツ」

「え!? ちょっと大島さん、僕の話聞いてる?」

「ひ、日車くん、借りてた本返しにきたよ」


 また声をかけられたので振り向くと、本を持った木下くんがいた。


「あ、木下くん読んだんだね、どうだった?」

「か、貸してくれてありがとう、すごく面白かったよ、続きが気になる」

「なんだー、本? なんて本なんだ? なになに、『ダンジョンで結婚するのは間違っているだろうか』、なんだこれ?」

「これは最近出た本で、よくある異世界転生ものと思わせておいて、なんと主人公がヒロインや他の女の子やエルフやゴブリンに言い寄られてダンジョン内でバトルそっちのけで結婚しちゃうとかしちゃわないとか、ドタバタラブコメ要素も入った面白い小説だよ……はっ!?」


 本のことになるとついつい饒舌になってしまう僕。ふと杉崎さんと大島さんを見ると、ジトーっとした目で僕を見ていた。


「な、なんか日車、生き生きしてんな……まぁ、好きなものを語るっていいもんだよな」

「ま、まぁ、そんなに面白いの? なんか気になってきた」

「あ、大島さん読んでみる? 貸してあげるよ」

「あ、ありがとう、まぁ、日車くんがそこまで言うなら借りるわ」


 大島さんに本を手渡す。なぜか大島さんが「日車くんに本借りた……ふふふふふ」と、どこか高梨さんみたいな雰囲気を出していたような気がするが、気のせいだろうか。


「あれぇー? よく見ると、日車も可愛い顔してるけど、木下もメガネとったら可愛い顔してるんじゃね? ちょっととってみてよー」

「はひ!? い、いや、僕はそんなことな――あっ!」


 木下くんがあわあわしていると、杉崎さんが勝手に木下くんのメガネをとった。ギャルの行動力は半端ない。


「おー、木下も可愛い顔してるじゃん、メガネない方があたし好きかもなー」

「あら、ほんとね、木下くん可愛いわ、コンタクトにしたら?」

「はひ!? そ、そんなことはないと、お、思います……」

「あははっ、自信持っていいぞー、髪型もさーもうちょっとこうしてこうして……うん、こっちの方がイケるんじゃね? なんだよーこんな可愛いなんて知らなかったぞー、あたし惚れちゃうかもなーなんちって」

「なるほど、メガネとったらこうも変わるのか……私もコンタクトにしようかな」

「はひ!? そ、そうかな、い、いや、なんでもない……」


 杉崎さんと大島さんにおもちゃにされる木下くんだった。あれ? 意外と二人のどちらかと木下くんお似合いなのでは? と思ったが、言うとツッコまれる気がしたので言わないことにした。



 * * *



 その日の放課後、僕と絵菜はまた一緒に帰っていた。


「そういえば、絵菜は昼ご飯食べた後いなかったね、どこ行ってたの?」

「あ、大西先生に呼ばれて職員室に行ってた。職員室あんまり好きじゃないんだけど……」

「あはは、僕もなんか苦手かも。それにしても大西先生なんだったんだろ?」

「真菜のこと心配してくれてた。『妹のことを考えて行動できる沢井は偉いな』って。あと『学校のことは気にしなくていいぞ』って」

「そっか、うん、絵菜は偉いよ、ちゃんと真菜ちゃんのこと考えてる」

「そ、そうかな……あと、団吉とも話したって先生が言ってた。団吉に支えてもらえって。ほんとにありがと」


 そう言って絵菜がぎゅっと僕の手を握ってきた。ちょっと恥ずかしそうにしている姿が可愛かった。


「いえいえ、僕は絵菜と真菜ちゃんのそばにいたいって強く思ったよ。二人の笑顔をたくさん見たい」

「うん、私も団吉とずっと一緒にいたい……でも、団吉優しくて可愛いから大島か杉崎にとられそうで、ちょっと怖い……」

「え!? も、もしかして見てたの? あ、あれはあの二人がなんか近くて……ご、ごめん」

「ふふっ、困ってる団吉も可愛い。二人よりもずっと私の方が団吉のこと好きなんだから……」


 絵菜が僕の左腕に絡みつく。や、やばい、さっきから絵菜が可愛くてドキドキがおさまらない。心臓の音が伝わってないかなと心配になった。


「う、うん、その、僕も絵菜が大好きだよ……」

「ふふっ、ありがと、嬉しい。団吉が困った時には私が支える」

「うん、ありがとう、お互い支え合っていけるといいね」


 これから先もたぶん色々なことがあるのだろうけど、絵菜と一緒ならどんなことでも乗り越えられるなと、強く思った。

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