第84話「大事なイベント」

 とある日曜日の朝、僕はバイトの時間まで少し勉強をしておこうと思って、部屋にこもっていた。

 あれから真菜ちゃんも学校に行けるようになったらしい。『怖くない? 大丈夫?』と聞いたら、『少し怖いですが、一人じゃないって思うと頑張れます』と言っていた。やはり真菜ちゃんは強い子だ。

 日向や長谷川くんや東城さんが、他のクラスの先生と話をしてくれたそうだ。それでやっと担任の先生も事の重大さに気がついたとか。正直担任が動くのが遅いんだよと思ったが、色々言うのも違うと思ったので言わないことにした。とにかく、真菜ちゃんが元気に学校に行けることを願う。


 コンコン。


 部屋をノックする音が聞こえたので、「はい」と言うと、日向が部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん、勉強してるの? バイトは?」

「ああ、もう少ししたら行くけど、どうした?」

「そんな真面目なお兄ちゃんに問題です! もうすぐ大事なイベントがやってきますが、何の日でしょう?」


 大事なイベント? 何のことだろうかと思ってカレンダーをちらりと見る。うーん、特に何も書かれていないように見えるが……。


「うーん、2月になったばかりだけど、何かあったっけ……」

「えー!? お兄ちゃん本気で分からないの? しょうがないなぁ、バレンタインデーだよ」


 バレンタインデー? なるほどと思ってもう一度カレンダーを見る。2月14日は今年は月曜日のようだ。


「あ、ああ、なるほど、僕には縁がなくて分からなかった……」

「お兄ちゃん、毎年私がチョコあげてるよね!? それも忘れたとは言わせないからね」


 日向がグーで僕を殴ろうとしてくる。なんだかこの光景が久しぶりのように思えた。


「やめて! 殴らないで! で、バレンタインデーがどうかしたのか? 僕は男だからチョコをあげるわけでもないけど……」

「ふふふ、今日、バイトが終わったら買い物に付き合ってもらえないかなーと思ってね」


 グーで殴ろうとしていた日向が今度は右腕に絡みつく。な、なんなんだこいつは……。


「か、買い物? 何買うんだ?」

「そりゃあバレンタインデーに向けての色々だよ。あ、お金出してもらおうとか思ってないからね、安心して」

「えぇ……それは一人で行くべきじゃないのか?」

「いいじゃーん、たまにはデートしようよー。ねーお願いー」

「わ、分かったよ……ついて行けばいいんだろ」

「やったー! お兄ちゃん大好き!」


 日向がぴょんぴょん飛び跳ねた後、僕に抱きついてきた。うーん、妹を甘やかすのもやめた方がいいのだろうか……。



 * * *



 その日の午後、3時になりバイトが終わってから、日向と二人で駅前まで行く。

 バレンタインデーが近いからか、色々なお店でチョコが並んでいる。うーんうーんと悩んでいた日向だったが、ピンと来るものがなかったらしい。


「うーん、いいんだけど、もう少し見たいな……」

「そ、そうなのか、じゃあこのままショッピングモールまで行ってみるか? あそこならここより多いだろうし」

「ああ、そうだね、行こ行こー!」


 日向がご機嫌で僕の手を握ってくる。もうやめろとも言わない。これは試練なのだ。僕は試されているのだよ。

 電車に乗ってショッピングモールへと行く。この前絵菜と二人で来た時以来だ。


「わぁ、あちこちでチョコ売ってるね、色々見ていい?」

「ああ、いいよ。たくさんあるね、どれにしようか迷うんじゃないか?」

「た、たしかに……私負けないっ!」


 日向から謎のオーラみたいなものが見えた。本当に色々あって迷ってしまいそうだ。

 日向とあれこれ話しながらチョコを見ていたその時だった。


「――あれ? お兄様?」


 後ろから声をかけられた。振り向くとそこには絵菜と真菜ちゃんがいた。


「あ、あれ? 二人も来てたのか」

「ああ、真菜がどうしてもチョコ見に行きたいって言うから……」

「ふふふ、お姉ちゃんも楽しみにしてたよね、お兄様にあげるチョコ選ばないといけないもんね」

「なっ!? あ、ああ、そうだな……」


 絵菜が恥ずかしそうに下を向く。な、なるほど、今年は絵菜からももらえる……のか?


「うーん、これだけあると迷っちゃうね……はっ、そうだ!」


 日向が何かをひらめいたのかポンと手を叩く。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


「絵菜さん、真菜ちゃん、今年は一緒にチョコ作りしませんか!? 14日が月曜日だから、前の日日曜日だし! ああ、ついでに土日でうちにお泊まりしませんか!?」

「待て待て、日向が早口で言うから、絵菜も真菜ちゃんもポカンとした顔してるじゃないか。情報が多いのよ」


 こいつ今なんて言ったっけ、チョコ作り? お泊まり? 本当に情報が多すぎる。


「まあまあ、すごく楽しそう! 私チョコ作りってやったことがないけど、なんかできそうな気がしてきた!」

「だよねだよね! 土日でたくさん遊んで、チョコ作りだよ!」

「ちょっと待て、僕たちで勝手に決めるのはよくないだろ、親の承諾ってもんがな……」

「ふっふっふ、お兄ちゃん甘いよ、もうお母さんにRINE送ったもんね! あ、返事来てるよ、『うちはいいけど、絵菜ちゃんと真菜ちゃんのお母さんとお話させてね』だって! やったー!」


 日向と真菜ちゃんが手を取り合って喜んでいる。なんか強引に決めてしまってるようだが……ずっと黙っていた絵菜に話しかける。


「え、絵菜は大丈夫? 嫌じゃない?」

「なぁ、団吉とずっと一緒にいれるってことか……?」

「え、あ、まぁ土日は一緒ってことになるね」

「そっか、私も行きたい……団吉と一緒にいたい」

「え!? そ、そっか、うん、僕も楽しみになってきたかな……はっ!?」


 視線を感じたので前を見ると、日向と真菜ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。た、頼むからそんな目で僕たちを見ないで……。

 その後、チョコ作りに必要な材料をあれこれと買っていた3人だった。なんかとんでもないことが決まってしまったような気がするが、大丈夫なのだろうか。

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