第82話「先生」

「えっ!? 真菜ちゃんが、いじめられた!?」


 次の日、絵菜は学校を休んだ。朝絵菜からRINEが来て、『今日は真菜の近くにいてあげようと思う』と書いてあった。僕は『うん、それがいいね、二人とも無理しないようにね』と返事した。

 昼休みに火野と高梨さんに聞かれたので、二人には話しても大丈夫だよなと思って、昨日あったことを話した。


「ああ、最初は絵菜が中学時代ワルかったからそれを聞いてきたみたいなんだけど、だんだんとエスカレートしたみたいで。ちょっと怪我もしてた」

「なにそれ……真菜ちゃんは全然関係ないじゃん……って言っても、集団で来られるとなかなか意思が伝わらなかったりするからなぁ」

「うん、日向や友達の男の子も真菜ちゃんは悪くないって言ってたみたいなんだけど、通じなかったみたい」

「マジか……それにしてもひでぇな、姉は姉、妹は妹だろうよ」

「ほんとだよね、可愛い真菜ちゃんいじめるなんて私が許さない……地獄に突き落としてやろうかな」

「た、高梨さん落ち着いて……うん、僕も怒りがこみ上げてきたんだけど、怒りだけでは何も生まないなって思って、我慢したよ」

「そっか、さすが団吉だな、俺も相手を突き止めて文句言いそうだ。そうだ、担任の先生とかには言ったのかな?」

「ああ、言ったみたいなんだけど、あまりいい顔をしなかったって日向が言ってたな……」

「えぇ!? 自分のクラスのことなのに!? どうなってんの……」


 高梨さんが頭を抱える。うん、聞いた時僕も同じこと思った。


「急に絵菜が休んだから大西先生も何か気にしてるかなと思うので、今日の放課後先生のとこ行ってみようかなって思ってるよ」

「そっか、担任の先生のこと聞いてみるのもいいかもしれねぇな、大人が感じる部分は俺らとまた違うかも」

「そだね、あーもーなんかモヤモヤするなぁ、今度真菜ちゃんに会ったら思いっきり抱きしめてあげよっと」

「そうだね、僕たちが味方になってあげるのも大事かもしれないね」


 そういえば僕が昨日真菜ちゃんをずっと抱きしめてたな……と思ったが、言わないでおくことにした。



 * * *



「失礼します」


 その日の放課後、大西先生と話すために職員室に行った。職員室ってなんか緊張するからあまり好きではないが、今日は仕方ない。


「おー日車、そこ座ってくれ」


 大西先生は隣の席の椅子に座るように言ってきた。え、ここ誰もいないんですか? 何か資料みたいなものが見えますが……。


「あ、はい……あの、今日は絵菜……沢井さんのことなんですが」

「ああ、今日休んでたな。朝お母さんから電話があったよ。沢井が休むってめずらしいなと思っていたけど、何かあったのか?」

「はい、それが……」


 僕は真菜ちゃんがいじめられて怪我までしたことと、今日は妹のそばにいたいと言った絵菜のことを話した。


「そうか……そんなことがあったのか。妹さんは大丈夫なのかな」

「昨日はなんとか笑顔で僕のこと見送ってくれたのですが、まだ心の傷は癒えないかと……」

「そうだな、人間そう簡単に忘れたり、なかったことにするなんて無理だ。沢井の妹さんも、日車の妹さんも、よく頑張ったと思うよ」

「はい……それで、担任の先生があまり親身になってくれないみたいなんですが、そんなものなんでしょうか?」

「なにぃ!? あーそういう先生か……たまにいるんだよなぁ、あまり大事にしたくないのか、自分の保身に走っちゃう奴」

「そ、そうなんですね、そういう時ってどうすればいいんでしょうか?」

「大丈夫だ、先生は一人だけじゃない。他のクラスの担任でも学年主任でも誰でもいい。味方になってくれる先生がいるはずだ。とにかく誰かに伝えて担任にも意識させないといけない」

「な、なるほど……」

「俺からも今度沢井と話しておくよ。それと、日車は沢井のそばにいてやってくれ。沢井も不安定になってるかもしれないからな」

「あ、はい……でも僕なんかでいいんでしょうか……」

「何言ってんだ、沢井と仲いいんだろ、今は誰か安心できる人がそばにいることが大事なんだよ。もちろん妹さんも一緒にな」


 今日、真菜ちゃんのそばに絵菜がいたいと言ったように、僕もまた絵菜と真菜ちゃんのそばにいたいと強く思った。僕なんかでいいのだろうかじゃない。僕にしかできないことがあるはずだ。


「分かりました、ありがとうございます、大西先生も立派な先生なんですね」

「おいおい、俺はみんなのことをちゃんと考えてる先生だぞ。そこらへんの先生もどきとは違うんだぞ」


 誰のことだろうかと思ったが、ツッコまれそうなのでそれ以上言うのはやめた。


「日車も、大人になったな。怒りで周りが見えなくなることだってある。でも違ったんだよな。なかなかできることじゃないぞ」

「そ、そうですかね……自分ではあまり感じませんが」

「前にも言ったが、日車も沢井もずっと一人でいることが多かったから気になってたんだよ。お互いいい友達になったな。火野や高梨もそうだ。どうだ、一人でいるよりいいもんだろ」


 たしかに、一人でいた時よりも今の方がずっと楽しい。学校生活がこんなに楽しくなるなんて思わなかった。


「あ、はい……その、みんなには感謝してるというか」

「みんなも一緒だぞ、日車に感謝してる。みんな数学の成績も上がってるしな……って、それはどうでもいいか。まぁ、また沢井のところに行ってやってくれよ。あ、学校は気にすんなって言っておいてくれ」

「はい、そうします。すみませんありがとうございました」


 僕はお礼を伝えて、職員室を後にした。スマホを見ると絵菜からRINEが来ていた。僕が『二人とも大丈夫?』と聞くと、『うん、今は落ち着いてる。ありがと』と返事が来た。

 絵菜と真菜ちゃんがまた元気になってくれるように、僕は二人のそばにいて見守ろうと思った。

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