第79話「読書」

 杉崎さんから絵菜への不思議な友達申請があった日の放課後、帰ろうと準備していると絵菜が僕の席まで来た。


「団吉、帰ろ……」

「あ、うん、帰ろうか」

「うん、あ、今日この後用事ある?」

「ん? 今日はバイトもないから帰るだけかな、どうかした?」

「いや、ごめん、これから一緒にどこか出かけないか……?」


 どうしたんだろう? と思ったが、もしかしたら昼間のことがあって不安を感じているのかもしれない。僕も一緒にいたかったので、


「うん、いいよ、じゃあ駅まで一緒に行こうか」


 と言うと、絵菜はホッとしたような笑顔を見せた。しかし――


「日車お疲れー、あ、姐さんもお疲れさまです!」


 隣の席の杉崎さんに見つかって声をかけられてしまう。


「お、お疲れ……さま」

「あははっ、日車固いぞ~、あ、帰る? あたしも駅まで一緒にいいか?」

「え、あ、まぁいいけど、絵菜は大丈夫?」

「う、うん……」


 絵菜が目をそらしながら小さく頷いた。あ、やっぱり嫌だったのかな……。


「ありがとうございます! やった、姐さんとも一緒に帰れる! じゃあ行きましょう」

「す、杉崎さん、その『姐さん』って何なの……?」

「え、姐さんは姐さんだよ、金髪でクールでカッコいい姐さんがあたし好きなんだー。あたしも金髪にしたいなーなんちって」


 まさかの告白。いや、好きなのは自由だけど、『姐さん』と呼ぶことについての理由になってないような?


「ま、まぁ、杉崎さんはその茶色の髪が似合ってるんじゃないかな」

「あははっ、日車良いこと言うねぇ、ほんとに惚れちゃうかもなー。あ、でも姐さんのライバルにはなりたくないな……ブツブツ」

「ら、ライバル……?」

「うん、聞いたよ、日車と姐さん付き合ってるってね。あたし一緒のクラスなのに全然知らなかったー。ていうか日車ほんとすごいよ、姐さんと仲良いどころか付き合ってるなんて」

「そうかな……まぁ、僕が好きになったっていうか、自然と仲良くなったっていうか」

「あははっ、なんだよノロケかー? あーいいなーあたしも優しい彼氏ほしいなー」

「杉崎さんは、その、好きな人とかいないの?」

「んー、今はいないかなー。まぁ、いつかいい人が現れるっしょ!」


 杉崎さんなら化粧をしなくても十分可愛いんじゃないかと思ったが、またツッコミを入れられそうなので言うのはやめた。


「あ、駅着いたね、それじゃああたしここで。二人の邪魔しちゃってごめんなさーい」

「あ、うん、それじゃあ……って、別に邪魔とか思ってないよ」

「あははっ、ほんと日車って優しいよね、ありがとー。また勉強教えてくれよーじゃあねー」


 杉崎さんはそう言うと、大きく手を振りながら改札の奥へと行ってしまった。


「な、なんか、杉崎さんってギャルだけど、悪い人ではないような」

「ふふっ、団吉はやっぱり優しいな」

「え!? いや、そうなのかな、全然分からないけど……」

「……でも、好きになったのは団吉が一方的にってわけじゃないよ?」


 絵菜が僕の手をそっと握ってきた。好きになった? ああ、さっきの杉崎さんとの会話かな。


「私だって、誰よりも団吉が好きなんだから……」


 ちょっと赤くなりながら小さな声で言う絵菜がとても可愛く見えた。


「う、うん、ストレートに言われると恥ずかしいな……」

「ふふっ、団吉赤くなってる。どこ行こうか?」

「あ、そうだね、どうしよう……あ、せっかく駅まで来たならまたショッピングモールに行ってみない?」

「うん、分かった」


 二人で電車を待ちながら、僕はさっきの絵菜の言葉を思い出した。は、恥ずかしいけど、言われるととても嬉しい気持ちになるな……。



 * * *



 駅前から3駅隣の駅に着く。ショッピングモールに来るのは久しぶりだった。そう、ここは絵菜と初めてデートをした場所。あの時からお互い名前で呼ぶようになったり、手をつないで一緒に色々見て回ったり、昨日のことのように思い出される。


「久しぶりに来たなぁ、日向と来たことはあったけど、絵菜と来たのはあのデート以来だよね」

「うん、私も久しぶりに来た。なんだかもう懐かしい」

「あはは、絵菜は映画観て泣いてたね」

「……もう、それは忘れて。でも嬉しかったな、ずっとこのまま離れたくないって思ってた」

「そっか、やっぱりあの時僕のこと好きだったんだね?」

「……あっ、ひ、秘密にしておくつもりだったのに……」


 僕が笑うと、絵菜もつられて笑った。隠し事が苦手なのは僕も絵菜も一緒なのかもしれない。


「来たのはいいけど、どうしよう? また色々見て回るか、映画でも観る?」

「あ、私行きたいところがあるんだけど、いい?」

「うん、いいよ、じゃあそこに行こう」


 絵菜に案内してもらう形でショッピングモール内を歩く。手をつないでいるのはあの時と同じだった。あの時よりは落ち着いているけど、やっぱりドキドキはなくならないものだな。

 少し歩いて、目的地に着く。そこは――


「ここに来たかったんだ」

「……あ、あれ? ここ?」


 絵菜が僕を連れてきたのは大きな本屋だった。あのデートの時も少しだけ立ち寄った。ここの本屋は駅前にある本屋よりも大きく、他の店にはなかなかない本も置いてあるので、僕もショッピングモールに来た時は立ち寄ることが多い。


「うん、私あまり本を読まなかったんだけど、団吉が本好きだから、私も読んでみたいなって思って……」

「あ、なるほど……うん、絵菜が本好きになってくれると僕も嬉しいよ」

「うん、だから団吉におすすめを聞きたいなって思って」

「そっか、そうだなぁ……あ、ここに出てるこの小説面白いよ。『小説を書こう』っていうサイトから出たラブコメ小説なんだけど、文章も読みやすいと思う」

「な、なるほど……読みやすいのはありがたい。これにしようかな。他は?」

「えっ、でもあまりおすすめしすぎると買うのが大変だなぁ……そうだ、今日買うのはこれだけにして、他は貸そうか? もしやっぱり難しくて読めないってなっても大丈夫だし」

「そっか、分かった、今度貸してくれると嬉しい」


 絵菜が本を大事そうに持ってレジへ行く。そうか、絵菜も本を読んでみたいと思ったのか。なんだか嬉しくなった僕は単純なのかもしれない。

 

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