第77話「再び席替え」

 冬休みもあっという間に終わり、今日は始業式。三学期の始まりだ。

 僕は冬休みの前半に勉強を頑張り、後半はバイトに精を出した。新年3日からスーパーが開くので、その日から毎日シフトに入った。店長からは「いやー、日車くんが毎日頑張ってくれると嬉しいよー! あっはっは」と言われた。こうやって誰かに頼られるというのは本当に嬉しい気持ちになる。


「おーっす、おはよ、団吉早いな」


 火野がやって来て隣の席に着く。今日は早くに目が覚めてしまったので、早めに学校に行くことにしたのだ。さすがに早すぎたのか誰も来ていなかったので、一人で本を読んでいた。


「おはよう、なんか早く起きちゃったから、たまには早く行こうと思って」

「そかそか、俺は冬休みも部活で忙しかったぜ、みんな頑張るなー」

「そうか、頑張ってるな、足の調子はどうだ?」

「おう、もうすっかりいいみたいだ、走ってても違和感ねぇし。おかげで今度また試合に出してもらえそうだ」

「え、すごいな、先輩もいるんだろ?」

「ああ、レギュラー争いはあるな。俺と中川は一年だけど試合に出ることがあるよ。練習頑張ってるからかな」


 そう言って火野は右足をポンポンと叩いた。球技大会の時にも思ったけど、たぶん火野と中川くんはかなり上手いのだろう。先輩を差し置いて試合に出るなんてすごいなと思った。


「あ、今度の試合、よかったらみんなで見に来てくれねぇか? 日曜日だから日向ちゃんや真菜ちゃんも一緒に」

「おお、いいけど、どこであるんだ?」

「隣町の陸上競技場だ。ちと遠いが電車で行けるし最寄駅からは近いから大丈夫だろ」

「やっほー、おはよー、なになに、何の話してたの?」


 高梨さんと絵菜がやって来て後ろの席に着く。


「おーっす、今度試合あるからみんなで見に来てくれってお願いしてたとこだ」

「おお、いいねぇ、行く行く! 絵菜も行くでしょ?」

「ああ、そういえばサッカーのちゃんとした試合って見たことない……」

「あはは、そうだよなぁ、生で見ると面白いぞ。絶対勝つからな!」


 火野がぐっと拳を握った。


「おーい、始業式があるからそろそろ体育館に行ってくれー」


 大西先生の呼びかけでみんな動き出す。そういえば僕もサッカーの試合って生で見たことないな……楽しみになってきた。



 * * *



「よーし、新学期恒例の席替えをやるかー!」


 始業式後のホームルームで、大西先生が声を大にして言う。そうかまた席替えか。


「えー、今の席気に入ってるんだけどなぁ。まぁ仕方ねぇか」


 隣で火野が残念そうな声を出す。たしかによく話す人たちで固まった今の席は僕も気に入っていた。次は絵菜とも離れてしまうかもしれない。


「今回は窓側の人から順番にくじを引いていってくれー」


 窓側というと、僕たちの順番はけっこう早めにやって来る。早い方がいいのか遅い方がいいのか難しいところだ。


「なんだよー、一番前になっちまった」

「あちゃー、私は真ん中だねぇ、陽くんと離れちゃったな……」


 先にくじを引いた火野と高梨さんがしょんぼりしている。火野は7番で窓側から2列目の一番前、高梨さんは21番で真ん中の列の前から3番目になった。

 そして僕の番がやって来る。なんとか絵菜か誰かの近くになりたい。そっとくじを引くと――


「日車は27番だなー、よし次は沢井ー」

「あっ、日車くん私の隣だ! やったー嬉しいな」


 僕が引いたのは廊下側から3列目の前から3番目。ほんとだ、今度は高梨さんの隣になった。話せる人が近くで少しホッとする。

 そして絵菜の番になる。お願いだ、何とか近くに――


「沢井は17番だなー、よし次ー」


 絵菜は窓側から3列目、後ろから2番めの位置になってしまった。うっ、離れてしまった……。


「よし、みんな終わったなー、じゃあ移動してくれー」


 みんな荷物をまとめてワイワイと動き出す。さすがに2回連続でみんなが固まるなんてことはないか。


「よかったー日車くんが隣で。またよろしくねぇ」

「うん、僕も高梨さんが近くで嬉しいよ、よろしく」


 まぁ、高梨さんが近くて一安心だなと思っていたその時だった。


「おっ、日車じゃーん、隣になったな、よろしくなっ」


 僕の右隣から声がした。見るとそこにいたのは杉崎花音すぎさきかのん。杉崎さんはいわゆるギャルだった。目鼻立ちは整っていて可愛いと思うんだけど、バッチリメイクに明るい茶髪とかなり短いスカート、そして最近はあまり見ないと思っていたルーズソックスを履いている。クラスの中でも目立つ存在で、同じようなギャルの子たちといつも一緒にいる。


「あ、杉崎さん隣なんだね、よ、よろしく」

「あははっ、あたしの隣になって嬉しいっしょ、スカートとか胸とか見るんじゃないぞ~」

「え!? い、いや、さすがにそれはないかな……」

「えー、ちょっとくらいならいいぞ? なんちって。日車と話してみたかったんだよねー」


 杉崎さんが僕に近づいて頬をツンツンと突いてくる。な、なんだろう、グイグイ来るな。


「へぇ、日車ってけっこう可愛い顔してんな。あたし惚れちゃうかもなーなんちって」

「え!? い、いや、さすがにそれは……あ、ほ、惚れるのは別に人の自由か……」

「あははっ、日車って面白いねぇ、あたしバカだからさ、勉強も教えてくれよー」


 杉崎さんがさらに近づいてきて頬をツンツンと突いてくる。ち、近い……なんだろう、大島さんとは違う意味で圧を感じる。


「あ、うん、まぁ勉強くらいなら教えてあげられるけど」

「あははっ、あたしのバカさ加減なめるなよーなんちって。ありがとなー、あー楽しくなってきた!」


 ま、まぁ、勉強くらいなら教えられるしいいよな……と思っていたその時、強烈に冷たい視線をどこからか感じた。

 恐る恐る斜め後ろを見ると、絵菜が頬を膨らませてジトーっとした目でこちらを見ていた。


(や、やばい、めちゃくちゃ怒ってる気がする……! この席絵菜から丸見えだ……)


 相変わらず近い杉崎さんを相手にしながら、僕は変な汗が出てきた。めちゃくちゃ嫌な予感がする。三学期を無事に乗り切れるのか心配になってきた。

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