第75話「大晦日」

 大晦日。

 僕と日向と母さんは家の大掃除をしていた。僕は風呂場とトイレ、日向はリビングと廊下、母さんはキッチンを入念に掃除する。朝から日向が「そうじそうじー!」とテンションが高かった。なぜ掃除でテンションが上がるのか。

 それぞれの持ち場が終わった後、僕と日向は自分の部屋の掃除をする。普段から掃除はしているつもりだが、よく見ると隅にホコリがあったりするので、いい機会だから全部綺麗にしてやると頑張った。

 掃除をしながら、今年のことを思い出していた。高校に入って、最初は友達があまりいなくて昼休みはダッシュで教室から逃げてたっけ。そんな時偶然絵菜と話す機会があって、いつの間にか絵菜や火野や高梨さんと一緒にいることが多くなって、今まで笑われてばかりだった僕も、みんなのおかげで学校が本当に楽しくなった。学校に行くのが楽しみなんて思ったのは初めてかもしれない。そして――


(絵菜と仲良くなって、デートして、告白して、付き合って……本当に夢みたいだ)


 今まで誰かを好きになるなんてことは一度もなかった。女の子が苦手というわけではなかったけど、どうせ笑われるんだから人を好きになっても意味がないと思っていたところがある。でも絵菜は違った。最初は怖い人なのかと思っていたけど、決してそんなことはなかった。優しくて、妹思いで、とても可愛い人。来年はもっとたくさん一緒にいたいと思った。


「お兄ちゃん終わったー? ……って、なんかニヤニヤしてるね」


 突然部屋に入ってきた日向が僕を見て言う。え? そんなにニヤニヤしてた?


「な、なんでもないよ、掃除は今終わったけど、どうした?」

「そっか、冬休みの課題で分かんないところあったから教えてもらおうかなーと思ってね」

「ああ、分かった、夕飯までやるか?」

「うん、お願いー。お兄ちゃんも冬休みの課題あるんでしょ? 終わったの?」

「ああ、だいたい終わった。今年の課題、今年のうちにって言うだろ?」

「い、いや、それはあんまり聞かないなぁ……大掃除じゃないんだから」


 夕飯まで日向の勉強を見てやることにした。日向も絵菜と僕のこと応援してくれたな。来年はもう少し兄離れしてくれるといいけど、たぶんそうもいかないんだろうな。



 * * *



 我が家は大晦日の夕飯に年越しそばを食べる。今年は海老天とごぼう天が入っていて豪華だった。日向のリクエストらしい。

 夕食後、三人でテレビを見て過ごす。歌番組だったり、お笑い番組だったり、年末年始は面白そうな番組が多くてどれを見ようか迷ってしまう。

 CMでチャンネルを変えたその時、見たことのあるグループがテレビに映し出された。


「あ! お兄ちゃん、メロディスターズが出てる! 東城さんだ!」

「あ、ほんとだ、テレビに出てるなんてすごいなぁ」


 その番組は地方局の15分くらいの番組だが、たしかにメロディスターズの5人が出ている。今注目のアイドルを紹介するコーナーみたいだ。


「すごいね、テレビで見ても可愛いなぁ、学校でも可愛いけど」

「なに? この子たち二人の知り合いなの?」

「あ、うん、この緑の子が西中なんだよ。僕も日向も知り合いで」

「へぇー、アイドルに知り合いがいるってすごいわね、あ、そういえばこの子たち前からちょくちょく見るわね」


 ピロローン。


 番組が終わった後、僕のスマホが鳴った。グループRINEのようだ。


『やっほー、さっきテレビに東城さん出てたね! すごいねぇ』

『え、マジ!? 見逃したわ……お笑いに夢中になってたぜ』

『私も見た。真菜が興奮してた』


 なんだ、どこの妹も一緒だなと思って、僕もRINEを送る。


『僕も見たよ、日向が可愛いねぇって言ってた』

『あはは、たしかにテレビで見ても可愛いよねぇ。そんな日向ちゃんも可愛いよって言っておいてーふふふふふ』

『わ、分かった、高梨さん怖い……』


「お兄ちゃん、RINE?」

「ああ、みんな東城さんがテレビに出てるの見たって。東城さんを可愛いって言う日向ちゃんも可愛いよって高梨さんが言ってた」


 僕がそう言うと、日向は「えへへー」と嬉しそうな顔をした。完全に高梨さんの術中にはまってるな。

 しばらくグループRINEで話をしていると、絵菜から個人的にRINEが送られてきた。


『団吉、明日予定ある?』

『明日? おせちを食べてのんびりするくらいしかないかな。どうかした?』

『よかったら午後から初詣に行かないか? 真菜も一緒だけど』

『ああ、いいね、日向にも聞いてみるよ』

『ありがと、私も真菜も楽しみにしてる』


「日向、明日絵菜と真菜ちゃんが初詣に行かないかって言ってるけど、一緒にどうだ?」

「え! 行く行く! 初詣といったらあそこかなぁ、学問の神様だっけ、有名なところ」

「ああ、そうだね、人が多いかもしれないけど、あまり行くことないし行ってみるか」

「ふふふ、二人とも楽しそうね、いいお友達ができたのねー。あ、団吉は『お友達』じゃなくて『彼女』ね」

「え!? あ、まぁ、そのとおりです……」


 母さんも日向も僕を見てニヤニヤしている。なんだろう、親に彼女がどうとか言われるとすごく恥ずかしい。

 と、とにかく、お正月から絵菜に会えることになった。嬉しいのは日向だけではなく、僕も一緒のようだ。

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