第72話「ハグ」

 僕と日向で料理を作った後、日向、真菜ちゃん、高梨さんは東城さんを迎えに駅前へ出かけて行った。


「それにしても、東城さんまで来るとはびっくりだなぁ。アイドルってクリスマスライブとかねぇのかな?」

「さぁ……あるとしたら明日なのかなぁ。急に呼ばれて大丈夫だったのだろうか」

「うーん、まぁ優子が言ってたように忙しかったら断るはずだからな、大丈夫だろ」

「そうだな、しかしあの三人も大丈夫だろうか、高梨さんハイテンションで行ったけど……」

「ふふっ、優子は相変わらずだな、昔から真菜が好きでよく絡んでたよ」


 そうだ、高梨さんは一人っ子だから妹がほしかったのかもしれないのだったな。しかし今頃食われていないだろうか……。


「団吉や沢井見てると、やっぱ妹ってのもいいよなぁ、俺は兄貴がいるけど、ガキの頃はケンカばっかりしてたなぁ」

「ああ、お兄さん元気か?」

「ああ、今は都会の大学行ってる。一人暮らしが楽しいみたいだ。今はたまに遊びに行ったりして仲良いけどな」


 火野がそう言ってケラケラと笑う。火野には3つ上の兄がいる。僕たちが中学の頃はお兄さんも一緒にゲームして遊んでくれたな。

 しばらく三人で談笑していると、東城さんを迎えに行った三人が帰ってきた。


「連れて来ましたよー、ささ、東城さんこちらにどうぞー!」

「おじゃまします! みなさんお久しぶりです! すみません急に飛び入り参加して」

「いらっしゃい、いやいや、急に呼んでごめんね、忙しいかなと思ったけど大丈夫?」

「はい! 今日は何もなかったので、呼んでもらえてすごく嬉しかったです! 団吉さんやみなさんに会えると思って」

「おーっす、文化祭の時以来だね、メロディスターズってさ、クリスマスライブとかやらねぇの?」

「クリスマスにはないんですが、26日にライブがあります! でも隣の県なので、さすがにみなさんを呼ぶことはできないなと思って……」

「そっか、隣の県まで行くとは大変だね。今日のんびりしてていいのかな……」

「はい、大丈夫です! オフの日なので。今日はみなさんと一緒に楽しませてください!」


 東城さんが手をグーに握って少し飛び跳ねた。なんだろう、動作が可愛いなと思った。


「よし、東城さんも来たところで、お菓子でも食べながらこれやらねぇか?」


 火野が鞄をガサゴソと漁ったかと思うと、「じゃーん」と言いながら何かを取り出した。


「え? トランプ?」

「ああ、もうなかなかやることねぇだろ? みんな集まってるし盛り上がるかなと思って。優子も持って来てるから二手に分かれてやろうぜ」

「よっしゃ、日車くん、紙とペン貸してくれない?」


 言われるがままに高梨さんに紙とペンを渡すと、縦線と横線をスラスラと書き始めた。なるほどあみだくじか。


「よし、こんなもんかな。みんな好きなところ言ってー」


 あみだくじの結果、僕、東城さん、真菜ちゃんのグループと、絵菜、火野、高梨さん、日向のグループに分かれることになった。


「いい感じに分かれたな、グループで固まって座ろうぜ。そしてまずはババ抜きだ!」

「ば、ババ抜きやるのか……」

「おいおい団吉よ、テレビでもババ抜き勝負やってただろ? 今アツいんだよ」

「そだよー、あ、そうだ、せっかく勝負するんだからさ、一番に抜けた人が最後まで残った人に何かしてもらうのはどう?」

「え!? そんな罰ゲームみたいなこともやるの!?」

「そのくらいないと面白くないよねー、よーし、絶対一位になってやる……ふふふふふ」

「た、高梨さん怖い……と、東城さん、真菜ちゃんは嫌だよね……?」

「大丈夫です! 団吉さんを抑えて絶対一位になってみせます!」

「私も大丈夫です、お兄様には負けませんよ!」


 ま、マジか……ていうかなんで僕は二人から狙われているのだろうか。二人が賛成している以上、反対もできないのでとりあえずババ抜きで勝負することにした。簡単なことだ、負けなければいいのだから。

 ……と思っていたのだが、思ったよりも手札の枚数が減らない。それに比べて東城さんと真菜ちゃんはどんどん減っていく。え、何かおかしくない?


「やった! 私残り一枚になりました!」


 え!? と思って見ると、真菜ちゃんが残り一枚で僕が引くことで一番に抜けることになる。


「ええー! 真菜ちゃんすごい! これは団吉さんと一騎打ちですね……」

「あ、ああ、そうだね……」


 さ、最後にならなければいいんだ、僕は残り二枚、東城さんは一枚。当然僕がジョーカーを持っている。右側にジョーカーを持って東城さんに差し出す。東城さんは「むむむ……」と言いながら右側に手をかけ……ると思わせて、左側を思いっきり引いた。


「やった! 揃いました!」


 なんということだ、思いっきり負けてしまった。手に残ったジョーカーを見て涙……はさすがに出ない。


「よっしゃー! 私一番だった!」

「ああ、負けてしまった……途中まで全然減らなかった」


 もう一つのグループでは、高梨さんが一番に抜けて、日向が最後まで残ったらしい。え、兄妹で負けたのか、やっぱりこれ何か仕組まれてない?


「よーし、まずは真菜ちゃんの望みを聞かせてもらいましょうか!」

「え、あ、私か、そうですね……」


 なんだろう、真菜ちゃんは何を言うつもりなんだろう。全然想像できなくて変な汗が出てきた。


「……お兄様に、ハグ、してもらいたいです……」

「……え? ハグ?」


 真菜ちゃんが顔を真っ赤にしてコクコクと頷く。え、ハグってあれだよな、抱きしめるあれ。


「だって、お兄様はお姉ちゃんのお兄様だし、いけないのは分かってるんですけど、その、羨ましくて……って、私何言ってるんだろう」


 真菜ちゃんはあわあわと慌てながら顔に手を当てる。そんな真菜ちゃんを見たことがなくて可愛いと思ってしまった。


「なるほどねー、お姉ちゃんにお兄様いつもとられてるからねー。絵菜、いいでしょハグくらい?」

「な、なぜ私に聞く……まぁ、真菜の望みだしいいんじゃないか」


 あの、僕の意見は聞いてもらえないのでしょうか……って、負けたから仕方ないか。


「じゃ、じゃあ……」


 僕は真菜ちゃんの横に行って、そっと真菜ちゃんを抱きしめた。真菜ちゃんから石鹸のようないいにおいがする……って、これは変態っぽいな。

 真菜ちゃんもぎゅっと僕のことを抱きしめる。やばい、みんなに見られてるのがめちゃくちゃ恥ずかしい。


「いいなぁ、私も一番になって団吉さんに抱きしめてもらいたかった……」


 え? 東城さん今なんて言いました? 気のせいかな……。


「いいねいいね! よし私もそれにしよう! さぁ日向ちゃんおいでおいでーふふふふふ」

「ふええ!? あ、は、はい……」


 あのー高梨さん、それは別にいつでもできるのでは……と思ったが、口を出すのはやめた。


「お、お兄様、ありがとうございます、その、私嬉しいです、このまま天国に行ってもいいくらい」


 真菜ちゃんが顔を真っ赤にしたままお礼を言う。いや、それはダメだと思うよ。強く生きて。

 とんでもないことが起きてしまったが、ま、まぁ絵菜もいいって言ったし、真菜ちゃんも喜んでいたみたいだし、いいか……。

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